トロント市教育委員会によるアフリセントリック学校設置について、先に思うことを書いたが、そのあとで夫とこの話をいろいろとしているうちに、私もひとつ考えなくてはならない点があることに気付いた。これは、「Visible Minorityという表現」に出てきたCanadian Employment Equity Actの4つのDesignated Groupとも関連するのでメモしておきたい。
夫の指摘で気付いたのだが、考えなくてはならない点とは、アファマティブ・アクションのことである。日本語にしづらい言葉だが、これはある特定のグループが歴史的に、制度的に差別を被ってきたことを考慮して、それによって生じた社会の不均等を是正するためにこのグループに対して認められる優遇措置のことである。ただし、この措置の根拠や効果に関しては賛否両論分かれており、反対派からは「逆差別」とみなされることもある。
例をあげてみよう。数年前、夫は連邦政府のインターンシップに応募したことがあったが、面接のときにはっきりと「カナダ政府は雇用均等法の4つの指定グループの地位向上に力を入れているため、もし、あなたと同じ得点の人がこの4つのグループのメンバーであった場合は、そちらを採用することになる」と言われた、という。
これを聞くと、「白人男性に対する逆差別だ」と憤慨する白人もいるが、このような「不平等にみえる制度=アファマティブ・アクション」が適用された背景とその目的を知っておく必要がある。アファマティブ・アクションには、不利益を被ってきたグループにより多くの機会を与えることで、歴史的な不正義を正すための一時的な是正措置といえる。
たとえば、カナダの大学も長年アングロサクソン系以外の学生は受け入れていなかった。こうして高等教育の恩恵をあるグループに限定した結果、社会において指導的立場に立つ人たちがすべてアングロサクソンで占められていた。企業のトップがアングロサクソンなら、従業員もアングロサクソンが採用されやすく、この悪循環は一部のグループによる権力や富の支配としてマイノリティにとっての制度的差別として存在してきた。
とりわけ黒人と白人の間の制度的差別を変えるためにはアファマティブ・アクションが有効的だとされ、社会の各方面で導入されたのが1960年代。その後、世界中で同じ名前では呼ばれないにしても同じようなアイデアで差別是正制度として取り入れられてきた。
話をアフリセントリック学校に戻すと、TDSB(トロント教育委員会)がこの特殊な学校の設置を許可した背景には、このアファマティブ・アクションという考え方があった、というのが夫の見方である。しかし、高校退学率を見るだけだと、ポルトガル系が43%で、黒人40%以上に高い。それならなぜポルトガル系にアファマティブ・アクションを適用しないのか。夫によると、TDSBが根拠として示している高校退学率は問題のほんの一部に過ぎず、より深刻な問題は黒人コミュニティに存在する広範な若者の問題(麻薬、マフィア、銃がらみの殺人、貧困、10代妊娠など)で、TDSBはこうした深刻な問題に日々対処しているが、既存のプログラム改善などでは対処できていない。こうした経過を経て、ひとつの解決法として示されたのが、このアフリセントリック学校なのではないか、ということである。
麻薬、マフィア、銃がらみの殺人という問題は、トロント全体の問題というより、一部コミュニティで頻発している問題である(実際、多くのトロントニアンはこれらの問題を自分にかかわる問題として意識していない)。もし、こうしたことを表立って言うと、すでに大きな負荷を与えられたブラック・コミュニティに更なるスティグマを負わせることになる、という配慮から、TDSBではこうした問題には言及せず「高校退学率」を根拠と出したのではないか、というのが夫の意見である。
それを聞くと確かに部分的には納得できる。それでは同じように社会的スティグマを負わされたネイティブ・コミュニティはどうなのだろう、と疑問に思う。私も実はトロントほどのマルチカルチャー都市が、さらにはトロントの優秀な教師や教育関係者を多数輩出しているOISE(Ontario Institute for Studies in Education)のプログラム内容からも、アフロセントリック学校設置許可までにはTDSBのなかで、非常に深い議論がなされたのだろうという気がする。
社会正義の反映とは、実に複雑なプロセスである。
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