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妊娠中の定期検診で、産科医から「ところで、サーカムシジョンはどうしますか?」と訊かれたときには、「ここは日本じゃないのね!」と実感した。夫が「必要ありません」と答えると、医師は「もちろんですよね」と言い、この話はさらりと流れた。
日本人の私にとって、サーカムシジョンという習慣は何かとても不可解で奇妙なものである。ただ、カナダで妊娠すると避けては通れない話だし、妊婦向け雑誌などでこの習慣について読んだり、妊婦同士で話をしたが、いまもって不可解な気持ちが残っているので、少しここに書いておきたい。
1970年代にモントリオールで生まれた夫は、生後間もなくサーカムシジョン(circumcision、日本では「割礼」と呼ばれる。儀式的、宗教的理由から男子の陰茎包皮を切除する手術。女子に対するサーカムシジョンもあるが、ここでは男子に限って議論する)を受けている。当時のモントリオールでは、特定の宗教を信仰していなくても(注1)男の子の赤ちゃんはこの手術を受けるのが当然という風潮があったようで、親が特別に要求しなければ男の子はサーカムシジョンを受けさせられていたと言われる。なので、少し大きくなった男の子の間では、サーカムシジョンを受けていないと自分がヘンなんじゃないかと思ったようである。
(注1)世界では男性人口の1/3がサーカムシジョンを受けている。大半がイスラム教圏、イスラエル、アメリカ、東南アジア、アフリカで、うち70%がイスラム教徒。
夫はこの手術を受けさせられたことに対し、今もってある種のわだかまりがあるようで、私が妊娠中にサーカムシジョンに触れたときには「医学的に利益があるとは言えないし、不必要に尋常でない痛みを伴なう手術を生まれたばかりの赤ちゃんにさせるべきではない」と、とても強い意見だった。こうして自分の体を、生まれたままの形から変えられたことに対して違和感を覚えている人もいるようで、彼らが親になって子どもに「受けさせない」選択をする、というのもよく聞いた話である。
北米でサーカムシジョン花盛りの当時(1970年代)、多くの親は宗教的理由ではなく、HIVをはじめとする性病や細菌感染に予防効果がある、といった理由で生後まもなくの赤ちゃんに受けさせていた。ただし、ここ最近では、HIVが蔓延している地域を除いては「医学的利益はわずか」という見方が大勢で(ちなみにWHOはHIV感染率の高いアフリカの地域ではサーカムシジョンが感染防止に役立つとして促進の立場を取っている)、それゆえにカナダではこの手術はもはや保険でカバーされていない。先進国のなかでは最もサーカムシジョン率の高かったアメリカやカナダではここ最近減少傾向にあり、約30%と推定されている。2012年には、アメリカ小児科学会(AAP, American Academy of Pediatrics)もサーカムシジョンはリスクを上回る利益はあるに違いないが、その利益はわずかなので概して推奨はしないという方向で声明を出している(www.aap.org/en-us/about-the-aap/aap-press-room/pages/Newborn-Male-Circumcision.aspx?nfstatus=401&nftoken=00000000-0000-0000-0000-000000000000&nfstatusdescription=ERROR%3a+No+local+token)。
一方、倫理面での問題もある。医療上切迫しているわけでもないのに、本人の同意を得ずになされる手術に対して批判的な見方もあり、こうした立場をとる人たちはサーカムシジョンをmutilation(切断、損傷)と呼ぶ。トロントで息子と同じくらいの子どもを持つ親にこの話題を振ったときには「そんなこと子どもにするなんてどうかしてる!」と憤る人が多くいた一方、「それはプライベートな選択」と議論を好まなかった親も結構いた。いずれにせよ、カナダでは医学的利益がほとんどないとされた以上、以前はほとんど考えもしないで行われていたサーカムシジョンに対し、すべきかどうか決めかねている親が相当数いる、というのが現実だろう。
健康な皮膚の一部を切り取るわけだから、この手術は当然激痛を伴ない、赤ちゃんはあらん限りの声をあげて泣き叫ぶ。赤ちゃんだからといって痛みを感じないわけではない。そうしたビデオを見てすぐに悩みを振り切った知人もいる。
政治的に正しい物言いをすれば「親のプライベートな選択」ということになるだろうが、医学的利益がそれほどないとなれば、それでも手術をするのは宗教的理由か、単に「見た目」にかかわる理由だろう。前者に関しては何とも言えないが、「見た目」に関しては「子どもの権利」という観点からすると問題であると、個人的には思う。
参考)
http://www.circumcision.org/(サーカムシジョンには反対の立場。Circumcision Trauma 10 out of 10 Babiesというビデオも掲載)
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