子どもが生まれてこの方、甘いものを食べる機会が減っている。子どもから市販の甘いお菓子を遠ざけているので、自分だけ大っぴらに食べるわけにもいかないし、「大人がなめると薬じゃが、子どもがなめると死んでしまう毒じゃ…」なんて、一休さんに出てくる和尚さんの真似もできないし…。
でも、ときどき、無性に食べたくなってしまうものがある。その名は、バター・タルト。
自国の食べものがこれといってないカナダで、バター・タルトはカナダ生まれの焼き菓子のひとつ(アメリカにはこれとよく似たピーカンパイがある)。イギリス系カナダ人にとっては昔ながらのホームベーキングの味、そしてティーパーティーの確かな脇役。義母の世代では、その家に伝わるバタータルトのレシピがあって、主婦はせっせとバター・タルトを作っていた。義母の友人たちが集まるパーティーでは、必ずといっていいほど誰かが持ってくるし、そこでは繊細なソーサー付きのティー・カップが出されて、そのパーティーの洗練さに私はほほうと思ってしまう。しかし、ホームベーキングが廃れ、この国のティー文化がマグカップ化してからというもの、バター・タルトもまた地に落ちたように私には思われる。
見よ。今では、そんじょそこらのスーパーでチープで極めて粗雑なバタータルトが売られ、まるで伝統など感じさせないトリートに成り下がっている。「甘けりゃいいの!」という人にはいいんだけれど、そうしたバタータルトを見るたびに、私はかつて栄華を極めたシンガーがひっそり場末のバーで歌っているような、そんなイメージを頭に描いてしまったりする。
無性に食べたくなったら、ひっそり買って、子どもがお昼寝の間、あるいは独り遊んでいるすきにさっとキッチンに入って、立ったまま大きな口をあけて食べる。でも、こういうやり方では本当は心苦しい。やっぱりちゃんとおいしく紅茶をいれて、お皿を置いて食べなくては、せっかくのバター・タルトに失礼な気がする。
タルト作りってうまくいかない場合が多いのに、焼きあがると夫とぺろっと食べてしまうので、最近は買うことの多い私。それにしても、私にはおばさまたちのむせ返すような香水のにおいと1セットになっているバター・タルト。エレガントなお菓子のイメージは今も変わらない。
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