先進34カ国で行われた所得格差調査の結果がOECDにより発表された。リポートによれば、ほとんどのOECD加盟諸国で経済格差が進んでおり、これは先進諸国に限らず全世界で見られるグローバル・トレンドであるという。
カナダでは、所得最高人口10%(平均年間所得103.500ドル)は所得最低人口10%の10倍もの所得を得ているという。つまり、トップ10%に対するボトム10%の比率は10-1となっている。1990年代初頭では8-1であった比率が、20年で10-1にまで拡大していることになる。
他の国の比率は以下のとおり。
ノルウェー、ドイツ、スウェーデン、デンマーク・・・6-1
イタリア、日本、韓国、カナダ、イギリス… 10-1
トルコ、アメリカ、イスラエル・・・ 14-1
メキシコ・・・ 27-1
ブラジル(Non OECD country)・・・ 50-1
OECDのSecretary GeneralのAngel Gurria(エンジェル・グリア)によれば、「経済成長の利益は自動的に経済的に不利な立場の人たちにも浸透していくという考えは、この調査結果で否定されたことになる」と言う。そして、「一部の人を排除しない形での経済成長の戦略を立てられなければ、このまま格差は広がる一方」であると指摘する。
背後にあるのはグローバライゼーションとインフォメーション・テクノロジー(IT)。この二つの勢力によって、中間スキルを持った人たちが職を失い、製造などの低賃金労働の場が奪われた。そして、ごく一部のトップクラスのスキルを持った人たちが富をほしいままにするという構図が描かれた。
グリアは、“Our report clearly indicates that ‘upskilling’ of the workforce is by far the most powerful instrument to counter rising income inequality. The investment in people must begin in early childhood and be followed through into formal education and work.”
(所得格差に太刀打ちするためには、労働人口のスキル向上という問題が非常に重要になってくる。スキル向上に対する投資は幼少時から始められるべきであり、その後も教育機関や職場で継続してスキル向上をこころがけるべきだ)と言う(彼女のこの主張には私は懐疑的である)。
ニューヨークのウォール街から世界の都市に広まった一連のOccupy Wall streetの動きが格差問題(「我々は99%!」)に触れていたことに思いをいたすと、やはりOccupyの動きは世界が取り組むべきグローバル問題の核心をついていたと思う。
何度も書いてきたが、経済格差問題は社会の不安定化につながる大きな社会問題であると同時に、グローバル規模で取り組まなければならない問題である。低所得者層に対する社会福祉の充実、富裕層に対する増税だけでは問題は解決されない。こうした経済格差によって巨額の利を得てきた現代の資本主義システムの構造そのものにもメスを入れる必要があるのではないか。
参考)Toronto Star紙:
http://www.thestar.com/business/article/1097055--why-the-gap-between-rich-and-poor-in-canada-keeps-growing?bn=1
OECDサイト:
http://www.oecd.org/document/40/0,3746,en_21571361_44315115_49166760_1_1_1_1,00.html
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Thursday, December 8, 2011
Tuesday, December 6, 2011
Tanaka-san Will Not Do Callisthenics by Maree Delofski
Tanaka-san Will Not Do Callisthenics by Maree Delofski
田中さんはラジオ体操をしない
以前のクラスメートが流した一斉メールには、「ヨーク大学で労働・雇用関係(Labour relations)関連の無料映画上映会をするので来てね」というメッセージがあった。いくつか映画のタイトルのうちのひとつがTanaka-san Will Not Do Callisthenicsだった。明らかに日本人の名前なので興味をひかれてネットでサーチしてみたら、なんとこれが非常におもしろそうなドキュメンタリー映画なのだ。なにより田中さんという人がいいのだ。
シノプシスは以下。
http://www.tanakafilm.com/synopsis
映画を見てない立場でその映画について書くのもちょっとね・・・と思いつつやっぱり書きたいので書いておこう。
大手電気メーカーに勤務するエンジニアの田中哲朗さんは、同僚の解雇に抗議したあと、それから始まった会社によるラジオ体操を拒否し、低いポジションに配属されて給料カットにあい、次に転勤を要求されてこれを拒むと、あっさり解雇されてしまう。解雇された翌日から会社前でたったひとりでピケを張り、抗議運動をはじめる。自らつくった歌をギターで歌いながらの抗議活動は継続し、株主総会にも出席して、不正義に対する抗議を行う。それから25年後。オーストラリアの監督マレー・デロフスキーが田中さんの世界を、企業と個人の抗争、さらには日本の知られざる現状をフィルムに収め、世界に知らしめることになる。
ラジオ体操。ほとんどの日本人が、会社のラジオ体操への出席がたとえ無給であっても仕方ないと感じつつ参加するだろう。転勤を要求されたら、たとえ家族と別れるのが辛くても家族を残してでも転勤するだろう。会社内で不正が行われているのを目撃しても、それを批判することなく、無視するか黙認するだろう。ま、ラジオ体操をはじめとする会社側の権力乱用を、不正とも思わない人の方がもっと問題だけれど・・・。
でも、田中さんはそれができない人である。こういう人はどこの社会でも極めて貴重な人であるが、とりわけ日本社会では極めて稀である。先に田中さんのような人は貴重だと書いたが、なぜこういう人が貴重かというと、こういう人なしでは社会はいとも簡単に不正義の谷底に陥ってしまうからである。社会が多くの人にとって開かれた、平和な住みやすい社会であるかどうかは、田中さんのような人をいかに多く生み出せるかにかかっている。
多くの人は不正だと分かっていても自分の身をかばうために黙認するか無視するか、一緒になって不正を行う。これは、あきらかに「いじめ」の構図と同じである。学校でのいじめも、会社でのいじめ解決にも、バーバラ・コロロッソが指摘するように「傍観者」がカギを握っている。彼らがいじめの加害者に対して有効に批判することができれば、多くのいじめは解消される。そして、こうした「傍観者」はいつも「多数」なのである。
私も日本にいるときは周りからよく言われたものだ。
「そんなことに目くじらを立てて反論するなんて・・・」
と。「そんなこと」とは、「そんな小さなこと」で、隠された意味は「ま、イヤかもしれないけど、へらへら笑って一緒にやってれば問題なくその場をやり過ごせるのだから」ということなんだと思う。
しかし、小さくても不正や企業や社会的地位の高い人などの権力乱用、さらには人種差別や部落差別、あらゆる種類の差別的発言を許せば、ファシズムはいとも簡単にやってくるという事実は、私たち日本人が太平洋戦争から学んだことではなかったのか。
そういう意味でも、田中さんが対抗している相手は田中さんを解雇した電気会社をはるかに超えて、日本社会の大きな権力、不正に声を挙げない人たちへと向かっている。
うーん、この映画、ぜひ見てみたい。
田中さんはラジオ体操をしない
以前のクラスメートが流した一斉メールには、「ヨーク大学で労働・雇用関係(Labour relations)関連の無料映画上映会をするので来てね」というメッセージがあった。いくつか映画のタイトルのうちのひとつがTanaka-san Will Not Do Callisthenicsだった。明らかに日本人の名前なので興味をひかれてネットでサーチしてみたら、なんとこれが非常におもしろそうなドキュメンタリー映画なのだ。なにより田中さんという人がいいのだ。
シノプシスは以下。
http://www.tanakafilm.com/synopsis
映画を見てない立場でその映画について書くのもちょっとね・・・と思いつつやっぱり書きたいので書いておこう。
大手電気メーカーに勤務するエンジニアの田中哲朗さんは、同僚の解雇に抗議したあと、それから始まった会社によるラジオ体操を拒否し、低いポジションに配属されて給料カットにあい、次に転勤を要求されてこれを拒むと、あっさり解雇されてしまう。解雇された翌日から会社前でたったひとりでピケを張り、抗議運動をはじめる。自らつくった歌をギターで歌いながらの抗議活動は継続し、株主総会にも出席して、不正義に対する抗議を行う。それから25年後。オーストラリアの監督マレー・デロフスキーが田中さんの世界を、企業と個人の抗争、さらには日本の知られざる現状をフィルムに収め、世界に知らしめることになる。
ラジオ体操。ほとんどの日本人が、会社のラジオ体操への出席がたとえ無給であっても仕方ないと感じつつ参加するだろう。転勤を要求されたら、たとえ家族と別れるのが辛くても家族を残してでも転勤するだろう。会社内で不正が行われているのを目撃しても、それを批判することなく、無視するか黙認するだろう。ま、ラジオ体操をはじめとする会社側の権力乱用を、不正とも思わない人の方がもっと問題だけれど・・・。
でも、田中さんはそれができない人である。こういう人はどこの社会でも極めて貴重な人であるが、とりわけ日本社会では極めて稀である。先に田中さんのような人は貴重だと書いたが、なぜこういう人が貴重かというと、こういう人なしでは社会はいとも簡単に不正義の谷底に陥ってしまうからである。社会が多くの人にとって開かれた、平和な住みやすい社会であるかどうかは、田中さんのような人をいかに多く生み出せるかにかかっている。
多くの人は不正だと分かっていても自分の身をかばうために黙認するか無視するか、一緒になって不正を行う。これは、あきらかに「いじめ」の構図と同じである。学校でのいじめも、会社でのいじめ解決にも、バーバラ・コロロッソが指摘するように「傍観者」がカギを握っている。彼らがいじめの加害者に対して有効に批判することができれば、多くのいじめは解消される。そして、こうした「傍観者」はいつも「多数」なのである。
私も日本にいるときは周りからよく言われたものだ。
「そんなことに目くじらを立てて反論するなんて・・・」
と。「そんなこと」とは、「そんな小さなこと」で、隠された意味は「ま、イヤかもしれないけど、へらへら笑って一緒にやってれば問題なくその場をやり過ごせるのだから」ということなんだと思う。
しかし、小さくても不正や企業や社会的地位の高い人などの権力乱用、さらには人種差別や部落差別、あらゆる種類の差別的発言を許せば、ファシズムはいとも簡単にやってくるという事実は、私たち日本人が太平洋戦争から学んだことではなかったのか。
そういう意味でも、田中さんが対抗している相手は田中さんを解雇した電気会社をはるかに超えて、日本社会の大きな権力、不正に声を挙げない人たちへと向かっている。
うーん、この映画、ぜひ見てみたい。
Thursday, November 10, 2011
グローバル問題としての若者の失業率の高さ
ヨーロッパの経済危機が抱える問題は複雑だが、そのなかのひとつ、若者の失業率の高さ、というのを取り出して考えてみたい。
というのも、若者の失業率の高さは、さまざまな社会問題の根源的原因となっているからである。ここ最近見られる世界を揺るがした事件、たとえばアラブ・スプリングも、Occupy Wall Streetの動きも、さらには今年8月にロンドンを驚愕させた暴動も、中央ヨーロッパ各国やロシアでネオナチが台頭しているのも、直接、あるいは間接的に「若者の失業」問題と関連がある。
昨今では、ILO (International Labour Organization) までグローバル規模で広がっている若者の失業率の高さを懸念する声明を発表した。ILO報告によれば、世界中で失業中の若者は約75 millionにものぼるという。ILOは、若者の失業が長期間続けば、社会基盤を根底から揺るがし、社会の不安定要因になりえる、と警告している。(ちなみに、失業中、というのは仕事を積極的に探している人にあてはまり、仕事探しを諦めた人口は含まれていない)
カナダでは失業率は現在7.3%だが、最近、過去10ヶ月のうち、54,000件もの仕事が失われたというレポートが発表された。失業中の人口をグループわけをしてみると、若者が最も高く、続いて移民という順番となっている。先日、カナダの移民政策における変化について書いたが、仕事探しが行き詰まっているのはなにも移民だけではなく、もっと大変なのは若者というのが事実である。そのため、「海外から移民を受け入れる前に、カナダで職を得られない若者人口を何とかすべき」という意見も最近、ぼつぼつ見受けられるようになっている。
ところで、世界中で、グローバル規模で若者の失業率が増えているのは何故なのか。私がかき集めた情報によると、グローバル経済そのものが低迷し、全般的に仕事そのものが減っている状況のなかで、学校を卒業したばかりの、経験のない若者が不利益を被っている、という図が浮かび上がってくる。一方では、「定年年齢」を法的に解除した先進国では、ブーマー世代が引き続き仕事を続けている、というか仕事を続けざるを得ない現状もある。ブーマー世代は多額の借金を抱えていることが多く、おまけに子どもたちは大学を出ても就職できないので実家に同居するというケースも増えていて、そのサポート役をしている人たちも多い(これはカナダの状況だけなのかもしれないが)。
(ちなみに、先進国で失業率を比較的低く保っているのはドイツで、ドイツ政府は学校を出たばかりの若者に対して徒弟制度やインターン制度などを提供しており、それが功を奏していると見られている)
若者の失業が、社会に対する憤懣として具現化したのが、アラブ・スプリングであり、世界中に広がっているOccupyの動きである。こうして社会構造の変革を訴える政治的な動きであればまだいいが、一方では憤懣をかかえた人口が暴動化したり、移民や外国人というマイノリティに標的を定めて排斥運動をするような形も見られる。こうした傾向は、最近、ヨーロッパで噴出している移民排斥、マイノリティ弾圧と大きな関係がある。今年7月末、ノルウェー(オスロ)のテロ事件を起こしたブレイビク容疑者の反移民思想を一部の狂信者の妄想と無視するには、部分的に関連する事件がヨーロッパで多数起き過ぎている。
1994年、ジェノサイドが繰り広げられるルワンダに国連平和維持軍司令官として派遣されたロメオ・ダレアが言ったように、将来に希望を持てない人たちはどんな残虐なことにでも手を貸すようになる。失業率を放置する危険性は強調されてしかるべきである。
思うに、戦後続いてきたグローバル経済システムは、破綻の兆候を随所で見せているのではないか。若者の失業率の高さは、その兆候のひとつではないか。Occupyの動きは、金融業界と政治をターゲットにしているが、それよりもっともっと深いところに、実は問題は横たわっていると思う。大量に無駄なものを作っては破壊し、環境を破壊しながら、「消費こそが経済を助ける」という土台に基づいたこのシステムにかわる、新しい経済システムをつくりだす必要があるのではないか。
というのも、若者の失業率の高さは、さまざまな社会問題の根源的原因となっているからである。ここ最近見られる世界を揺るがした事件、たとえばアラブ・スプリングも、Occupy Wall Streetの動きも、さらには今年8月にロンドンを驚愕させた暴動も、中央ヨーロッパ各国やロシアでネオナチが台頭しているのも、直接、あるいは間接的に「若者の失業」問題と関連がある。
昨今では、ILO (International Labour Organization) までグローバル規模で広がっている若者の失業率の高さを懸念する声明を発表した。ILO報告によれば、世界中で失業中の若者は約75 millionにものぼるという。ILOは、若者の失業が長期間続けば、社会基盤を根底から揺るがし、社会の不安定要因になりえる、と警告している。(ちなみに、失業中、というのは仕事を積極的に探している人にあてはまり、仕事探しを諦めた人口は含まれていない)
カナダでは失業率は現在7.3%だが、最近、過去10ヶ月のうち、54,000件もの仕事が失われたというレポートが発表された。失業中の人口をグループわけをしてみると、若者が最も高く、続いて移民という順番となっている。先日、カナダの移民政策における変化について書いたが、仕事探しが行き詰まっているのはなにも移民だけではなく、もっと大変なのは若者というのが事実である。そのため、「海外から移民を受け入れる前に、カナダで職を得られない若者人口を何とかすべき」という意見も最近、ぼつぼつ見受けられるようになっている。
ところで、世界中で、グローバル規模で若者の失業率が増えているのは何故なのか。私がかき集めた情報によると、グローバル経済そのものが低迷し、全般的に仕事そのものが減っている状況のなかで、学校を卒業したばかりの、経験のない若者が不利益を被っている、という図が浮かび上がってくる。一方では、「定年年齢」を法的に解除した先進国では、ブーマー世代が引き続き仕事を続けている、というか仕事を続けざるを得ない現状もある。ブーマー世代は多額の借金を抱えていることが多く、おまけに子どもたちは大学を出ても就職できないので実家に同居するというケースも増えていて、そのサポート役をしている人たちも多い(これはカナダの状況だけなのかもしれないが)。
(ちなみに、先進国で失業率を比較的低く保っているのはドイツで、ドイツ政府は学校を出たばかりの若者に対して徒弟制度やインターン制度などを提供しており、それが功を奏していると見られている)
若者の失業が、社会に対する憤懣として具現化したのが、アラブ・スプリングであり、世界中に広がっているOccupyの動きである。こうして社会構造の変革を訴える政治的な動きであればまだいいが、一方では憤懣をかかえた人口が暴動化したり、移民や外国人というマイノリティに標的を定めて排斥運動をするような形も見られる。こうした傾向は、最近、ヨーロッパで噴出している移民排斥、マイノリティ弾圧と大きな関係がある。今年7月末、ノルウェー(オスロ)のテロ事件を起こしたブレイビク容疑者の反移民思想を一部の狂信者の妄想と無視するには、部分的に関連する事件がヨーロッパで多数起き過ぎている。
1994年、ジェノサイドが繰り広げられるルワンダに国連平和維持軍司令官として派遣されたロメオ・ダレアが言ったように、将来に希望を持てない人たちはどんな残虐なことにでも手を貸すようになる。失業率を放置する危険性は強調されてしかるべきである。
思うに、戦後続いてきたグローバル経済システムは、破綻の兆候を随所で見せているのではないか。若者の失業率の高さは、その兆候のひとつではないか。Occupyの動きは、金融業界と政治をターゲットにしているが、それよりもっともっと深いところに、実は問題は横たわっていると思う。大量に無駄なものを作っては破壊し、環境を破壊しながら、「消費こそが経済を助ける」という土台に基づいたこのシステムにかわる、新しい経済システムをつくりだす必要があるのではないか。
Thursday, September 15, 2011
オンタリオ州州選挙の行方+経済不況と保守化の動き
10月6日が投票日となったオンタリオ州州選挙。町を歩いていて、各政党の選挙バスを見るにつけ、オンタリオ州は選挙期間真っ只中であることが感じられる。マギンティ州首相率いるLiberal(自由)党が3期連続で政権を握るのか、それともティム・フダックのConservative(保守)党により政権交代になるのか、ジャック・レイトン人気で支持率が伸びているアンドレア・ホーワスのNDPが追い上げるのか。先日のGlobe紙によると、現時点の電話調査では、自由党の支持率27%、保守党26%と実に大接戦になっている。
・選挙の争点
州選挙の争点はいくつかあるが、とりわけ14billionにものぼる負債をどうするかが重要な争点になっている。その他の重要課題としては、経済不況における経済対策、失業対策、教育問題、エネルギー問題といったところだろう。
前回の選挙では、ジョン・トーリー保守党党首がユダヤ系の教育委員会を作ると言ったことで選挙に破れた感じがあるが(あれがなければ保守党は勝利していた可能性が高い)、今回もこうしたWedge issue(最優先課題ではないが、決定的に結果を左右する問題)として取り上げられているのが、いわゆる”Foreign worker”問題。
マギンティが「カナダに来て5年以内の新移民(Highly-skilled new immigrants)を雇用すれば会社に補助金を与える」と公約を掲げたのに対し、フダックが「オンタリオ州民の5万人が失業しているのに外国人労働者(foreign workers)にAffirmative actionを与えるなんてもってのほか」と非常に感情的に反発した。
これに対してマギンティは、フダックが「移民」という言葉を故意に「外国人労働者」と読み替えたことを批判し、「恐怖をあおって票を割ろうとしている」「私のオンタリオにはUsとThemはない」と主張。おまけに、フダックをRacist(人種差別者)と呼び、謝罪まで要求している。
フダックは自分の主張を変えず、今も”foreign workers”と”foreign students”(海外からの優秀な留学生に奨学金を与える自由党のプログラム)を攻撃し、オンタリオ州で失業している、もしくは失業の恐怖に怯えている投票者の票を獲得しようと躍起になっている。
・オンタリオ州の失業問題
しかし、Globe紙(Sept.13, 2011)によると、オンタリオの失業問題は大きな要であることは間違いないが、失業問題をよく分析すると実際に大きな痛手を被っているのは移民以上に若者である、という。
オンタリオ州の失業率は、現在7.5%。そのうち、若者(15~24歳)では16.9%(2010年)と2倍以上にのぼり、この率はカナダ全土でも最も高い数字である。以前、カナダにおける若者の失業問題についてポスティングしたが(Labour Market労働問題のラベルを参照)、この傾向は確かに連邦レベルでも、州レベルでも政治家がただちに手をつけるべき問題である。働き盛りの若者の労働力がアイドリング状態になっていれば、経済的損失はもとより、今後グローバル・マーケットにおけるカナダの立場を弱めることになる。
さらに言えば、去年から中近東で始まったThe Arab Spring、あるいは8月末にロンドンで起こった暴動に見られるように、失業中の若者の不満は社会を大きく揺るがす不安定要因となる。
本来ならば、こうした失業問題や経済問題に討論の時間が割かれるべきなのに、先述したように部分的問題である"foreign worker"に議論が集中することに失望を表す州民も多い。
生涯左派の私は保守党の公約に危機感を感じるし、先日、オンタリオ州州議会ビルの前で見た保守党の選挙バスを見るにつけ非常に不快に思った。バスには、全面にFear, Anger, Unemployment, bad to worse, losing a job, uncertaintyなどという文字が書かれていて、保守党はこうした言葉を「州民の声を反映したもの」と弁明しているが、市民の恐怖をあおって自分の陣営に票を入れてもらおうとするのはいただけない。
前にも触れたが、オンタリオ州レベルでも保守党が勝利すれば、トロントに住む私たちにとっては、市政、州、連邦の3レベルですべて保守党政権が確立されることになる。ヨーロッパ各国をはじめ、先進国では保守党の勢い確実に強まっているのを感じる。経済的先行きが不安定なこの時期、これも時代の趨勢なのだろうか。はじめてトロントにやってきたとき、私にとってはカナダが福祉国家である事実が手にとるようにわかったものだが、これも世界経済の情勢が変わるにつれ、変化していくのであろうか。今回の州選挙の行方に今後も注目したい。
・選挙の争点
州選挙の争点はいくつかあるが、とりわけ14billionにものぼる負債をどうするかが重要な争点になっている。その他の重要課題としては、経済不況における経済対策、失業対策、教育問題、エネルギー問題といったところだろう。
前回の選挙では、ジョン・トーリー保守党党首がユダヤ系の教育委員会を作ると言ったことで選挙に破れた感じがあるが(あれがなければ保守党は勝利していた可能性が高い)、今回もこうしたWedge issue(最優先課題ではないが、決定的に結果を左右する問題)として取り上げられているのが、いわゆる”Foreign worker”問題。
マギンティが「カナダに来て5年以内の新移民(Highly-skilled new immigrants)を雇用すれば会社に補助金を与える」と公約を掲げたのに対し、フダックが「オンタリオ州民の5万人が失業しているのに外国人労働者(foreign workers)にAffirmative actionを与えるなんてもってのほか」と非常に感情的に反発した。
これに対してマギンティは、フダックが「移民」という言葉を故意に「外国人労働者」と読み替えたことを批判し、「恐怖をあおって票を割ろうとしている」「私のオンタリオにはUsとThemはない」と主張。おまけに、フダックをRacist(人種差別者)と呼び、謝罪まで要求している。
フダックは自分の主張を変えず、今も”foreign workers”と”foreign students”(海外からの優秀な留学生に奨学金を与える自由党のプログラム)を攻撃し、オンタリオ州で失業している、もしくは失業の恐怖に怯えている投票者の票を獲得しようと躍起になっている。
・オンタリオ州の失業問題
しかし、Globe紙(Sept.13, 2011)によると、オンタリオの失業問題は大きな要であることは間違いないが、失業問題をよく分析すると実際に大きな痛手を被っているのは移民以上に若者である、という。
オンタリオ州の失業率は、現在7.5%。そのうち、若者(15~24歳)では16.9%(2010年)と2倍以上にのぼり、この率はカナダ全土でも最も高い数字である。以前、カナダにおける若者の失業問題についてポスティングしたが(Labour Market労働問題のラベルを参照)、この傾向は確かに連邦レベルでも、州レベルでも政治家がただちに手をつけるべき問題である。働き盛りの若者の労働力がアイドリング状態になっていれば、経済的損失はもとより、今後グローバル・マーケットにおけるカナダの立場を弱めることになる。
さらに言えば、去年から中近東で始まったThe Arab Spring、あるいは8月末にロンドンで起こった暴動に見られるように、失業中の若者の不満は社会を大きく揺るがす不安定要因となる。
本来ならば、こうした失業問題や経済問題に討論の時間が割かれるべきなのに、先述したように部分的問題である"foreign worker"に議論が集中することに失望を表す州民も多い。
生涯左派の私は保守党の公約に危機感を感じるし、先日、オンタリオ州州議会ビルの前で見た保守党の選挙バスを見るにつけ非常に不快に思った。バスには、全面にFear, Anger, Unemployment, bad to worse, losing a job, uncertaintyなどという文字が書かれていて、保守党はこうした言葉を「州民の声を反映したもの」と弁明しているが、市民の恐怖をあおって自分の陣営に票を入れてもらおうとするのはいただけない。
前にも触れたが、オンタリオ州レベルでも保守党が勝利すれば、トロントに住む私たちにとっては、市政、州、連邦の3レベルですべて保守党政権が確立されることになる。ヨーロッパ各国をはじめ、先進国では保守党の勢い確実に強まっているのを感じる。経済的先行きが不安定なこの時期、これも時代の趨勢なのだろうか。はじめてトロントにやってきたとき、私にとってはカナダが福祉国家である事実が手にとるようにわかったものだが、これも世界経済の情勢が変わるにつれ、変化していくのであろうか。今回の州選挙の行方に今後も注目したい。
Friday, September 9, 2011
日本では当然? 年齢差別
日本政府や日本の大学が外国人に提供している奨学金を調べていた夫は、かなり失望していた。多くの奨学金や留学プログラムは、対象が「30歳以下の若手研究者」ということになっているという。
日本ではかなり当然とされている差別に、年齢差別がある。求職案内には、平気で「40歳以下」とか「30歳以下」とはっきりと書かれている。たしか、教職試験を受けられる上限年齢も42歳までだったと記憶している。
一方、カナダでは求職情報として年齢や性別、国籍、文化的バックグラウンド、母国語、障害、犯罪歴などを特定することは法律で禁じられている。また、退職年齢を定めていた今までの法律を改正して、今では好きなときに仕事を退職できるようになっている。なので、この国に10年以上暮らすと、日本で市販されている履歴書が大問題であると思われてくる。
ただし、日本は今までにない労働者人口減少に直面している。きっと、私が日本を出た12年前と比べると、年齢差別は和らいでいるのだとは思うが、引き続き残っている部分も多いだろうと察する。このまま、このような制限を今後も続けていて問題がないとは思われない。日本のことだから、移民を受け入れるか、年齢制限をなくすか、といえば後者を選ぶに決まっているんだろうけれど…。
日本ではかなり当然とされている差別に、年齢差別がある。求職案内には、平気で「40歳以下」とか「30歳以下」とはっきりと書かれている。たしか、教職試験を受けられる上限年齢も42歳までだったと記憶している。
一方、カナダでは求職情報として年齢や性別、国籍、文化的バックグラウンド、母国語、障害、犯罪歴などを特定することは法律で禁じられている。また、退職年齢を定めていた今までの法律を改正して、今では好きなときに仕事を退職できるようになっている。なので、この国に10年以上暮らすと、日本で市販されている履歴書が大問題であると思われてくる。
ただし、日本は今までにない労働者人口減少に直面している。きっと、私が日本を出た12年前と比べると、年齢差別は和らいでいるのだとは思うが、引き続き残っている部分も多いだろうと察する。このまま、このような制限を今後も続けていて問題がないとは思われない。日本のことだから、移民を受け入れるか、年齢制限をなくすか、といえば後者を選ぶに決まっているんだろうけれど…。
Wednesday, August 31, 2011
グローバライゼーションとニート人口
以前、「カナダの大学教育と就職事情」で触れたが、今、カナダでは若者の失業が社会問題化している。若者の失業が増えると、今後、社会はどうなっていくのか、との議論がなされているが、私の見る限り、現在、カナダではベイビー・ブーマーの退職が増える2018年ごろから、さまざまな分野で人材不足が見られるようになるだろうとの推測から、それまで待てば何とか問題は収まる、という感覚が一般的なのではなかろうか(ちなみに、オンタリオ州では、これまでの65歳定年がなくなって-年齢差別だとの判断から-、今は退職する年齢は法的には定められていない)。しかし、今回、イギリスで起こった暴動を見ていて、本当にこのままベイビー・ブーマーの退職を待っているだけでいいのだろうか、と疑問に感じた。
黒人の若者が警察官に射殺されるという事件が発端になり、トッテンハムの町で暴動が起こったのが8月8日。最初、これを聞いたとき、私は人種暴動ではないか、と思ったが、報道は初期の段階から、人種的な暴動であることを否定していた。さらには、(アラブの春とは違って)何らかの政治的声明もスローガンも出ていないことから、政治的な暴動であるとの疑問も否定していた。また、ランダムなフーリガンでもない。では、一体、何が問題なのか。
新聞・ラジオ報道によれば、暴動参加者のほとんどが、20歳以下であるとのこと。肌の色でくくられないということ。彼らはいわゆるLost Generationと言われる世代(1990年代生まれ)に属する高校中退者である。イギリスをはじめ、ヨーロッパ諸国では若者の失業が大きな社会問題になっていて、NEETS(Not in Employment, Education, Training、ニート=仕事もなく、学校にも通っていない人)人口は増えるばかり。なかでもイギリスは若者の17%がNEET人口、25歳以下の60万人がこれまで仕事についたことがなく、他のヨーロッパ諸国に比べても非常に問題は深刻化している。ロンドンに住む義妹の話を聞いても、この問題がChronic Problem in Britainであって、誰もがお手上げ状態なのだと知れた。
高校を中退し、仕事もなく、将来も見えない若者が抱えた不満が、警察によるひとりの若者の射殺事件をカタリストとして爆発したのが今回の暴動であったというのが、多くの専門家の見方のようである。
カナダでも若者の失業は深刻である。ただ、イギリスと違うのは、カナダの若者の多くは大学卒業後に仕事がないことである。部分的には、カナダ人口の70%がトロントという1都市に集中しており、トロントでは少なくとも高校中退は一部の問題であると捉えられていることがあげられる。
イギリスで失業中の高校中退者の若者は、1980年代以前なら製造業の分野で何らかの仕事を得ることができたものと思われる。しかし、製造業の衰退、および製造業の海外へのアウトソーシングとともに、時代はKnowledge Economyへと突入し、学歴のない、専門教育を受けない若者が彼らの学歴にみあった仕事を国内で見つけられない状況が生み出された。今回の暴動はこうした長いグローバライゼーションの歴史と関連する事件だったと思われる。
グローバライゼーションとともに、先進国からは高校卒業程度のエントリー・レベルの仕事が失われつつある。一方では、発展途上国でエリート教育を受けた人たちは先進国へと移住するという傾向も生まれている。現在のアンバランスで不平等な経済システムは、あちこちの社会で亀裂を生みだしているが、これだけ肥大したシステムを軌道修正する術は今のところどこにもない。
失業者の人口が増えれば社会は内側から崩壊し始める。ニート人口をどうするかは、現在、先進国が直面する社会問題のうち、優先して取り組まなければならない問題であると思われる。
黒人の若者が警察官に射殺されるという事件が発端になり、トッテンハムの町で暴動が起こったのが8月8日。最初、これを聞いたとき、私は人種暴動ではないか、と思ったが、報道は初期の段階から、人種的な暴動であることを否定していた。さらには、(アラブの春とは違って)何らかの政治的声明もスローガンも出ていないことから、政治的な暴動であるとの疑問も否定していた。また、ランダムなフーリガンでもない。では、一体、何が問題なのか。
新聞・ラジオ報道によれば、暴動参加者のほとんどが、20歳以下であるとのこと。肌の色でくくられないということ。彼らはいわゆるLost Generationと言われる世代(1990年代生まれ)に属する高校中退者である。イギリスをはじめ、ヨーロッパ諸国では若者の失業が大きな社会問題になっていて、NEETS(Not in Employment, Education, Training、ニート=仕事もなく、学校にも通っていない人)人口は増えるばかり。なかでもイギリスは若者の17%がNEET人口、25歳以下の60万人がこれまで仕事についたことがなく、他のヨーロッパ諸国に比べても非常に問題は深刻化している。ロンドンに住む義妹の話を聞いても、この問題がChronic Problem in Britainであって、誰もがお手上げ状態なのだと知れた。
高校を中退し、仕事もなく、将来も見えない若者が抱えた不満が、警察によるひとりの若者の射殺事件をカタリストとして爆発したのが今回の暴動であったというのが、多くの専門家の見方のようである。
カナダでも若者の失業は深刻である。ただ、イギリスと違うのは、カナダの若者の多くは大学卒業後に仕事がないことである。部分的には、カナダ人口の70%がトロントという1都市に集中しており、トロントでは少なくとも高校中退は一部の問題であると捉えられていることがあげられる。
イギリスで失業中の高校中退者の若者は、1980年代以前なら製造業の分野で何らかの仕事を得ることができたものと思われる。しかし、製造業の衰退、および製造業の海外へのアウトソーシングとともに、時代はKnowledge Economyへと突入し、学歴のない、専門教育を受けない若者が彼らの学歴にみあった仕事を国内で見つけられない状況が生み出された。今回の暴動はこうした長いグローバライゼーションの歴史と関連する事件だったと思われる。
グローバライゼーションとともに、先進国からは高校卒業程度のエントリー・レベルの仕事が失われつつある。一方では、発展途上国でエリート教育を受けた人たちは先進国へと移住するという傾向も生まれている。現在のアンバランスで不平等な経済システムは、あちこちの社会で亀裂を生みだしているが、これだけ肥大したシステムを軌道修正する術は今のところどこにもない。
失業者の人口が増えれば社会は内側から崩壊し始める。ニート人口をどうするかは、現在、先進国が直面する社会問題のうち、優先して取り組まなければならない問題であると思われる。
Wednesday, January 5, 2011
若者の失業率-もっと新しい労働形態を探そうではないか!
今朝のCBCラジオ番組Currentで、カナダの若者の失業率を取り上げていて非常に興味深いと思った。
統計によれば、若者(15~25歳)の失業率は15%。率としてはそれほど高くないが、専門家によればそのうち仕事を探している人の割合は約63%で、残り約35%は自ら仕事を探すことをやめた人たち(Opt outした人たち)だという。
昨日のToronto Star紙にはカナダで今、失業中なのは若者および移民であるという記事が載っていたが、実際、私の感覚としても、その通りである。カナダの移民制度はポイント・システムを採っているため、高学歴の移民が多く、カナダの若者もまた、多くが大学を卒業している。ただ、移民にとっては仕事がない、ということは危機的な問題なので、低賃金労働であるエントリー・レベルの仕事でもとりあえず見つける。しかし、ジェネレーションXである親や教授たちに「学位をとればよい仕事が見つかる」と言われ続けて大学を出た若者の感覚としては、低賃金労働に就くぐらいなら再び学校に戻って新しいスキルを身につけようとする。そのため、移民は低賃金労働に従事、カナダ生まれの若者は仕事に就く時期を復学によって延期するという現象が現れているという。
番組のなかで、専門家が昔の若者も同じように失業率の高さに直面していたが、昔と違って、現在、失業中の若者が陥っている大きな問題は、毎年のようにかさむ借金であると指摘していた。
以前ほどではないが、カナダでは今も大学の学費は自分で払っている学生が多く、彼らは年々増える学費に首を締められている。仕事が探せればいいが、さらにまた学校に戻ったりするようなことになれば、またまた借金が増える。また、グローバライゼーションにともなう競争の激化、アウトソーシングといった労働市場の変化も彼らには向かい風となって立ち向かってくる。失業率の高さは長年、先進国では社会問題のひとつとなっているが、実に仕事を探している人たちの数といったら半端ではない。
話をちょっと変えるが、私にとっては9時から5時まで働くというリズムがどうしてもライフスタイルにあわない。9時から仕事が始まるとして、家を出るのが8時、帰ってくるのは6時。ということは、1日24時間のうち10時間を仕事に拘束されるということで、睡眠時間を7時間と考えれば、残りの7時間が自分の時間となる。でも、この7時間は、食事をしたり、料理をしたり、シャワーをしたりという時間が含まれるわけで、決して純粋な意味での「自分の時間」ではない。「自分の時間」という言葉で私が意味したいのは、自分の人生をゆたかにするために使える時間ということ。
(シュタイナーのFour Temperamentsのうち)Melancholyに属し、明らかなIntrovert(自分の外の世界より内の世界を広く持っている人たち)に属する私にしてみれば、こうした時間がないと精神的にどうもやっていけない。いや、一体全体、どうして1日の半分の時間を仕事に費やす必要があるのだろう、と私は疑問に思う。もちろん、こうしたリズムで問題なく生活できる人もたくさんいるし、それが社会のノームであるとされてきた。しかし、社会全体が9-5の人たちのリズムで動いているなかで生活するのは、私のような少数派に属する人たちにはかなりきつい。私もよく考えれば、今までこうしたリズムの生活から無意識的にOpt outしてきたと思う。
そこで、どうだろう。私たちのような9-5が合わない人のためにも、失業率の高さを軽減するためにも、もっともっとフレキシブルな労働形態を導入してみるのはいかがだろう。長時間働いている人たちと仕事がない人たちのあいだで、仕事の量をシェアするような労働形態を考えてみるのはいかがだろう。9-5が社会のノームであるというのは所詮、誰かが生み出した幻想なのだ。もっと別の労働形態を考えることができるはずだし、そうすれば、もっと家族で過ごす時間も増えるだろうし、趣味に時間を割くこともできる。自分を高めたり自分に向き合ったりする時間だって増えるだろう。仕事の量をシェアすることによって、失業率は低くなるし、GNPは減っても、もっと心ゆたかな生活ができるのではないかしらね・・・。
統計によれば、若者(15~25歳)の失業率は15%。率としてはそれほど高くないが、専門家によればそのうち仕事を探している人の割合は約63%で、残り約35%は自ら仕事を探すことをやめた人たち(Opt outした人たち)だという。
昨日のToronto Star紙にはカナダで今、失業中なのは若者および移民であるという記事が載っていたが、実際、私の感覚としても、その通りである。カナダの移民制度はポイント・システムを採っているため、高学歴の移民が多く、カナダの若者もまた、多くが大学を卒業している。ただ、移民にとっては仕事がない、ということは危機的な問題なので、低賃金労働であるエントリー・レベルの仕事でもとりあえず見つける。しかし、ジェネレーションXである親や教授たちに「学位をとればよい仕事が見つかる」と言われ続けて大学を出た若者の感覚としては、低賃金労働に就くぐらいなら再び学校に戻って新しいスキルを身につけようとする。そのため、移民は低賃金労働に従事、カナダ生まれの若者は仕事に就く時期を復学によって延期するという現象が現れているという。
番組のなかで、専門家が昔の若者も同じように失業率の高さに直面していたが、昔と違って、現在、失業中の若者が陥っている大きな問題は、毎年のようにかさむ借金であると指摘していた。
以前ほどではないが、カナダでは今も大学の学費は自分で払っている学生が多く、彼らは年々増える学費に首を締められている。仕事が探せればいいが、さらにまた学校に戻ったりするようなことになれば、またまた借金が増える。また、グローバライゼーションにともなう競争の激化、アウトソーシングといった労働市場の変化も彼らには向かい風となって立ち向かってくる。失業率の高さは長年、先進国では社会問題のひとつとなっているが、実に仕事を探している人たちの数といったら半端ではない。
話をちょっと変えるが、私にとっては9時から5時まで働くというリズムがどうしてもライフスタイルにあわない。9時から仕事が始まるとして、家を出るのが8時、帰ってくるのは6時。ということは、1日24時間のうち10時間を仕事に拘束されるということで、睡眠時間を7時間と考えれば、残りの7時間が自分の時間となる。でも、この7時間は、食事をしたり、料理をしたり、シャワーをしたりという時間が含まれるわけで、決して純粋な意味での「自分の時間」ではない。「自分の時間」という言葉で私が意味したいのは、自分の人生をゆたかにするために使える時間ということ。
(シュタイナーのFour Temperamentsのうち)Melancholyに属し、明らかなIntrovert(自分の外の世界より内の世界を広く持っている人たち)に属する私にしてみれば、こうした時間がないと精神的にどうもやっていけない。いや、一体全体、どうして1日の半分の時間を仕事に費やす必要があるのだろう、と私は疑問に思う。もちろん、こうしたリズムで問題なく生活できる人もたくさんいるし、それが社会のノームであるとされてきた。しかし、社会全体が9-5の人たちのリズムで動いているなかで生活するのは、私のような少数派に属する人たちにはかなりきつい。私もよく考えれば、今までこうしたリズムの生活から無意識的にOpt outしてきたと思う。
そこで、どうだろう。私たちのような9-5が合わない人のためにも、失業率の高さを軽減するためにも、もっともっとフレキシブルな労働形態を導入してみるのはいかがだろう。長時間働いている人たちと仕事がない人たちのあいだで、仕事の量をシェアするような労働形態を考えてみるのはいかがだろう。9-5が社会のノームであるというのは所詮、誰かが生み出した幻想なのだ。もっと別の労働形態を考えることができるはずだし、そうすれば、もっと家族で過ごす時間も増えるだろうし、趣味に時間を割くこともできる。自分を高めたり自分に向き合ったりする時間だって増えるだろう。仕事の量をシェアすることによって、失業率は低くなるし、GNPは減っても、もっと心ゆたかな生活ができるのではないかしらね・・・。
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