6月29日付けToronto Star紙によれば、2011年6月現在で、19,817人の子どもがオンタリオ政府からの補助金を待っているという。2005年には3000人台だったSubsidy待ちの子どもの数は過去6年で6倍以上にも増えていることになる。
私たちの家庭では、夫と私はフルタイムの学生であったにもかかわらず、このSubsidyをもらえずにいる。というのには、いろいろとわけがあって、ひょっとすると読者の方の参考になるかもしれないので、書いておこう。
カナダ政府は6歳までの子どもに対し、家庭の収入に関係なく1ヶ月に一律100ドルのUniversal Child Care Benefit (UCCB)を払っている。チャイルド・ケアといえば、2005年、ポール・マーティン首相率いるLiberal(自由党)が、国民が長らく待ち望んでいたNational child careを導入しようとしていたのだった。しかし、イデオロギーの全くちがうConservative(保守党)とNDP(民主党)が政府に不信任決議を出した結果、議会は解散、その後の選挙では保守党が勝利し、スティーブン・ハーパー首相はその後も首相として居座っているわけだが、私にとってはUCCBの導入は National child careのお粗末な埋め合わせとしか思われない。
このUCCBとは別に、政府から支払われるCanada Child Tax Benefit (CCTB)というのがあって、こちらは家庭の収入に応じて支払い金額が変わってくる。
Child care subsidyというのは、オンタリオ政府が両親とも働いている子どもの家庭に対して育児の補助金を出しているもので、州政府はこのサービスを市町村に委託しているため、私の場合ならトロント市の管轄するサービスということになる。
さて、私たちの話。
妊娠したときに周りの人によく言われたのが、「今すぐデイケアのWaiting listに申請しなさい」という言葉。トロントでは、子どもをデイケアに入れるのは簡単なことではなくて、デイケアによって、2年、3年のウェイティング・リストがあるという。産休が1年であれば、生まれる前からデイケアを探しておく、ということになるのも理に適っている。そして、エリックが生まれた1年後くらいには、Subsidyのことを知った。夫はなぜか政府からお金をもらうのがどうもイヤみたいだし、私もそんなものはどうでもいいや、という感じだったが、そのとき懇意にしていたパブリック・ナースの強い勧めに従って、このSubsidyというのを申請した。
エリックが2歳になる前、電話がかかってきた。Subsidyをもらえる順番がkたから、これから6ヶ月の間にエリックのデイケアと私がフルタイムの仕事を見つけるか、フルタイムで学校に行く手続きをするように言われた。結局、私たちはそれをしなかった。というのも、まだ2歳にもなっていないエリックを週5日間デイケアに預けるということが、私にはどうしてもできなかったからだ。それで、エリックが2歳半のときに私たちはウェイティング・リストの一番下になってしまった。
エリックが3歳くらいで私はフルタイムでカレッジに戻ることに決め、それ以降、エリックのデイケア費用をすべて実費でまかなっている。夫の大学内のデイケアなので学生料金が適用されるとはいえ、1ヶ月に1000ドルあたりを学生の私たちが払うのは大変なこと。共働きで高い収入を得ている家庭がSubsidyをもらっていたり、移住権を持たない人たち、数年後はカナダに住む予定のない人がもらっているのも見てきた。個人的に納得いかないことも多いが、この顛末があって、私はカナダのチャイルド・ケア・システムの欠陥が非常に深刻なものだと認識するに至った。
問題を羅列するなら、
1 デイケアの費用が非常に高いこと。
2 デイケアの数が足りていないこと。
3 そのおかげで、働けるべき人が働けないこと(ほとんどが女性)。
トロントでは、デイケアの費用は平均するとフルタイムで1000ドルあたり。もし、月給1500ドルほどの低賃金で働いているとすると、デイケアに入れるよりは自分で面倒をみるという選択をする人がいるのは間違いない。
デイケアのウェイティング・リストは、先ほど述べたように非常に長い。年齢にもより、年齢が低ければ低いほど待ち時間も長い。これでは、仕事への復帰や家庭の事情を計画的に考えることができない。一方では、ECE(Early Childcere Educator)の資格を持った人たちが、仕事を見つけられないという状況もある。サービス・プロバイダーとなりえる人材はたくさん生み出しているのに、就職先がないというのも、デイケアの数が少ないことが原因なのだ。
この2つの理由から、働いてしかるべき人が働けないという状況が生み出されている。そして、その対象となるのは通常は女性であり、育児に対する社会支援の欠如の結果、女性が社会で能力を発揮する機会を奪っているともいえる。結果的には、カナダ社会は経済的にも打撃を受けていることになる。
言わせてもらえば、各家庭に育児補助金を与えるなんてことよりも、まずはデイケアに補助金を与えるべきなのだ。
同じカナダでも、ケベック州ではデイケア費用は1日7ドルである。これは、ケベック州政府が個人にではなく、デイケアに補助金を提供しているからである。まずは州主導でデイケアを設置し(州立にしてもよい)、デイケアに補助金を提供する。こうすれば、ECEの人材も雇用の機会ができるし、クオリティの高い、安心して子どもを預けられるデイケアがあれば、おもに母親たちは仕事をもっと自由に選ぶことができるはずだ。
私はポール・マーティンのリベラル党がNational Child care計画を打ち出したときは子どもを作る予定も希望もなかったものだから、あのときのリベラルの敗北がどれほど自分の人生にマイナスに働くことになったかを考えたこともなかった。でも、今から考えると、上のような問題に対し、解決策を与えてくれるのはNational child careであったと強く思う。
月に100ドルのUCCBなんていらない。収入に応じてもらえるCCTBだっていらない。Subsidyに関するストレスや不公平だっていらない。毎月、子どものいる家庭に送っている補助金を、デイケアを国が率先して増やし、部分的に管理する費用に充てれば済むことなのだ。こんな簡単なことがなぜできないかというと、それはConservative(保守党)政府にそうする意志がないという以外に説明がつかない。
表立っては決して言わないが、保守党は伝統的な家族像を忠実に守ろうとする傾向がある。子育ては親がするもの、「伝統的家族」とは父親・母親に子供であって、決して母親と母親(あるいは父親と父親)に子どもではない、というのが保守派の基本的な考え方である(イデオロギー的にはSocial conservatismとなる)。
この考え方は、保守党のSame-sex marriageに対する反対、Abortionに対する反対、デイケアより各家庭での子育て推進、という姿勢に如実にあらわれていて、数ヶ月ほど前、保守党の議員が「子育ては親がするもの」というコメントを出してメディアを賑わしたが、これもそうした保守派の意見の反映と考えれば容易に理解できる。反対に言えば、National child careという案がLiberal(自由)党から出されたのはもっともなのだ(ちなみに、Social conservatismは何もキリスト教保守派の特権ではなく、移民のなかにも同じような価値に共感する人たちが多いのも興味深い)。
専門家をはじめ、多くの親たちはカナダにおけるチャイルドケア・システムの欠陥を認識していて、声をあげてはいるが、保守党が政権を握っている限りカナダがチャイルドケア・システムの変革を推進するとは到底思われない。カナダ政治をみていると、今後しばらくの間は保守党政権が続きそうであるし。連邦政府レベルでは保守党政権が5年間続いているし、先のトロント市長選でも保守派ロブ・フォードが圧勝、現在のマギンティ州政府のみが自由党であるが、残念ながら今年秋の選挙で政権を譲ることになるだろうと私は思っている。こんな状況のなか、5年前に連邦Liberalが提示したNational Child careが現実のものになるとは到底思えない。
そして、そんなこんなしているうちに私たちのエリックもチャイルド・ケアが必要ない年齢になっていく。私には、チャイルドケア・システムの欠陥はエリックが成長するに従ってよりはっきりと見えてきたわけで、本当にそれが必要な時期は子育てに追われ声をあげる気力もなかった・・・。結局、チャイルド・ケアが必要なのは子どもが6歳になるまでで、それを過ぎれば必要なくなる。一方では、カナダでこれまで数々の社会的変革に寄与してきたBaby-boomer世代は、今はもう自分たちの健康のこと、つまりヘルスケア・システムにだけ関心を寄せている。カナダのUniversal health careも、これまた欠陥の多いシステムであってそのあたりの議論に比べると、チャイルド・ケア議論は勢いを欠いている。
というわけで、チャイルド・ケアという問題が政治的課題になるのは簡単なことではない。カナダのチャイルドケア・システムは、破綻は確実なのに(ケベックをのぞいて)手の施しようがない、というブラックホールのなかで忘れ去られてしまったかのようだ。
初めまして、この春よりトロントに住んでいます。夫の仕事について娘とこちらに来ましたが、経済的な理由もありsubsidyを申請しようと思っていろいろと調べているうちにこちらのブログにたどり着きました。
ReplyDeleteお恥ずかしながらカナダ政府の現状、保守派の政策指針等も不勉強でして、大変わかりやすいこちらの記事に感動し、コメントさせていただきました。
日本でも、地域によっては待機児童が多く問題になっております。
もちろん、自分自身が子どもが小さいうちはべったり一緒にいられる喜びというのも痛感しており、出産後もすぐに仕事に行くか、子育てに集中するか、なかなか一概にはどちらがいいかは選択できませんが、女性がライフワークバランスを考えるときに、daycareに預けつつfull time workという選択肢があまりにもハードルが高いと、それだけである意味優秀な人材の社会貢献の可能性を失ってしまいますよね(あ、一般論です、自分の話ではありません笑)。
そういったハード面での支援というのは、ひいては精神的な支えにもなりえるものですし本当に重要ですね。
個人的には腕力はなくとも女性ならではの働き方、女性的な視点、というのもなかなか世の中のためになると思うのですが。。。
まさに管理人様のご指摘通り、自分の子が渦中にいる時にはその制度の問題に直面し、何とかしてほしい、何とかならないものかとあくせくするものですが、不自由な制度の中、何とか子育てをして(ある意味、しのぐことになるかと)、気づけば子が成長して小学生、なんてことになるのでしょうね。おそらく医療や社会福祉などと合わせchild care制度の変革には大きな力が必要となるのでしょうね。
長くなり恐縮ですが、いろいろと考えさせられる記事をどうもありがとうございました。
まずは、もう少ししっかりカナダの子育て事情に関して勉強いたします。
また、そのほかの記事に関しましても大変勉強になります。
またお邪魔させていただきます。
cheesecakeさん、こんにちは! 私の記事に対する貴重なコメント、ありがとうございます。うなづきながら読ませていただきました。私は今日本に短期間来ているのですが、子育て事情に関して大きく違うと思うのは、日本では育児に関しては母親に大半の責任(負担?)が課せられている、というところです。ただ、チャイルドケアに関しては、家族のサポート(おばあちゃんとかおじいちゃん)が受けられるというボーナスもありますよね。それがあまりないトロントでは、ナニーといわれる育児の専門職が発達しています。私は日本でこのお金を払って子どもを見てもらえるナニー制度がないことに直面して、困っています・・・。
Deleteさて、トロントでチャイルドケアのSubsidy申請⇒受給は年々難しくなっていると聞きます。私は今も個人的には、そんなお金を払うくらいなら、デイケアをもっと安くする方が多くの人のためになると確信しています。
この記事、ちょっと恨み節で書いてるようなところもありますが、お役に立てて光栄です。トロントはすばらしい町です! 人は優しくあたたかいし、町中が上手く整備され、政府のサービスも行き届いています。ぜひ滞在期間、トロントを満喫してくださいね! 私も早く帰りたいです・・・(涙)。