先日、ある保育園に行ったときのこと。
門を入ってきた夫に向かって、あるひとりの園児が「あんた、だれ?」と言って私はかなりカンカンになったのだが、まわりの子どもたちの反応を見ていても、あきらかに「ガイジン」が来たことに興味を示し、興奮している。子どもだから、その反応はどこまでもストレート。
それに親子3人で町を歩いているとジロジロと見られることも多い。おばちゃん、子どもは特にそうだが、なかでも年配の人のなかには、まず私の方を見て、夫を見て、それからエリックをジイーッと見て、またまた私を見て、エリックを・・・、という念の入れ方でこちらを見てくるので、私もつい「ちょっと、そこまでしないでよね・・・」と眉をしかめてみせる。ちょっとこういうのはトロントではなかったので、面倒に思う。
それで思うのがトロントの幼児教育環境。エリックのデイケアでは、多様なethnic backgroundをもつECE(幼児教育の先生)がいて、子どもたちの民族構成も同じように多彩だった。この多様性は決して「人種」や「肌の色」「目の色」として語られることはなく、あくまでもそれは言葉や習慣を含む「文化」としてとらえられていた。ECEも、キンダーガーデンの先生も、外見で判断したり、外見をとやかく言ったりすることは絶対になかったし、これはあれだけのマルチカルチャー都市トロント社会では常識である(ほとんどすべてのinstitutionでinclusivenessの重要性は文書化されて配布される)。
こんなトロントで育ってきたエリックは、今まで一度だって「人種」や「肌の色」に関する発言をしたことがなかったが、昨日、初めてそれらしきを聞いた。小さな路地を歩いていると、後ろから白人の男性(明らかに日本ではマイノリティ)がやってきた。エリックはその人に気付いて「カナダ人みたいな人だね」と言ったのだった。年齢のせいなのか、はじめて日本に来て外見の違いに気付いたのかわからないが、私はこの発言にいろいろと考えさせられた。
Colour blind(カラー・ブラインド)という言葉がある。多文化環境で育ったりしたときに、肌の色や外見の違いに気付くことさえない、という状況のことで、一時はポジティブな意味合いで使われていた。マルチカルチャーで育った子どもたちは、外見の違いで区別することなく、その違いを当然と受け止めるだろうから、人種差別をなくすにはマルチカルチャー環境で育てるのが有効、という主張もあった。
しかし、今はこういう主張はほとんど聞かれない。エリックのように、幼少のうちは周囲の大人が発言に気をつけていればカラー・ブラインドになる。でも、子どもの知的発達の第一歩は「違いに気付く」ことで、それを否定することはできない。これまで多文化社会で生活してきて思うのは、差別発言をなくすためには、各人の恒常的で意識的な努力がなくてはならない、ということ。当然、それ以前に「なぜ差別がわるいのか」に対する各人の気付きがなくてはならない。私には、差別のない社会とは、このあたりを繰り返し繰り返し問いただされる、ある意味で厳しい環境でなくてはならないと思われる。カナダに暮らして常に感じたのは、多文化社会はそういう意味でも差別に対するガードが常にはられている状況だということ。日本の環境を見ると、差別的行動や差別的発言に「甘い」と思う。差別的発言があった場合、それを糾弾する力が非常に弱い。
エリックを見て「ハーフ?」という質問を受けることがあるが、それもほんとうはやめてもらいたい。外見だけに焦点をあてた言葉遣いをずっとしていると、子どもは外見のほうにフォーカスをあてていくだろう。
幼児期に多文化環境で育った子どもたちを見てきた私は、日本の子どもたちが「ガイジン」を見たときの反応に驚いているわけだが、それは子どもたちというより、日本の大人たちの意識を反映しているのだろう。
「子どもは大人の鑑」、言い得て妙、というべきか・・・。
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Tuesday, March 27, 2012
Wednesday, February 15, 2012
ヘボン式って何だ?
二重国籍者の子どものパスポート申請が何とも大変だった。
まず、旅行代理店で航空券を買うのに、航空券の名前はパスポートの名前と同じでなくてはならないと言われる。ま、至って当然のことなのだが、そのとき、エリックはカナダのパスポートしか持っておらず、これから日本のパスポートを申請する、ということになっていた。
さて、エリックの名前の表記に関しては母親の私もちょっぴり不安がある。日本の戸籍では、「篠原エリック空」となっている。カナダでは、「エリック・スクリバニック」で通っている(ミドルネームのソラは通常は書かない)。「それって、別人じゃーん!」と知人からも言われる。さて、航空券は、日本のパスポートと同じなのだから、篠原エリック空ということにすればいい。しかし、今度は今まで使っていたマイレージ・プログラムが使えないことが判明(今まではカナダのパスポートで旅行していたから)。残念だが、これはあきらめるとする。
次なる難関はパスポート申請用紙の「ヘボン式」。パスポート申請書類には、ヘボン式でエリックの名前を記載しなくてはならない。ヘボン式というのは、日本の「仮名にローマ字を一対一で対応させたもの」(ウィキより)で、日本人の名前には難なく対応させられるが、エリックはERIKKUとなる。
領事館に行く前には、夫の姓「スクリバニック」などをヘボン式で書かされたらどうしよう、と心配してしまった。「バ」か「ヴァ」も議論の残るところで、それも大切なパスポートなのだから失敗してはいけないだろうとの懸念から、私も深夜、突然起きて考えていたら眠れなくなってしまった(心配性・・・)。結局、その必要はなくてホッとしたのだけれど・・・。
それで思ったのだが、こういう経験っていうのはエリックのような二重国籍者にとって典型的なんじゃないか。ふたつの国の基準は違っている。その関係性がうまくいかずチグハグなこともある。その狭間にあって、二重国籍者は1つの国籍しか持たない人に比べると、思わぬような問題に遭遇する可能性も高いんじゃないだろうか。日本という国は、「規格外」の人にとっては非常に住みにくい国なんじゃないか。そんな予感を覚えた。
それにしても、私には意味のわからない、このヘボン式、そもそも何のためのものなのだろうか・・・。必要あるんだろうか・・・。
まず、旅行代理店で航空券を買うのに、航空券の名前はパスポートの名前と同じでなくてはならないと言われる。ま、至って当然のことなのだが、そのとき、エリックはカナダのパスポートしか持っておらず、これから日本のパスポートを申請する、ということになっていた。
さて、エリックの名前の表記に関しては母親の私もちょっぴり不安がある。日本の戸籍では、「篠原エリック空」となっている。カナダでは、「エリック・スクリバニック」で通っている(ミドルネームのソラは通常は書かない)。「それって、別人じゃーん!」と知人からも言われる。さて、航空券は、日本のパスポートと同じなのだから、篠原エリック空ということにすればいい。しかし、今度は今まで使っていたマイレージ・プログラムが使えないことが判明(今まではカナダのパスポートで旅行していたから)。残念だが、これはあきらめるとする。
次なる難関はパスポート申請用紙の「ヘボン式」。パスポート申請書類には、ヘボン式でエリックの名前を記載しなくてはならない。ヘボン式というのは、日本の「仮名にローマ字を一対一で対応させたもの」(ウィキより)で、日本人の名前には難なく対応させられるが、エリックはERIKKUとなる。
領事館に行く前には、夫の姓「スクリバニック」などをヘボン式で書かされたらどうしよう、と心配してしまった。「バ」か「ヴァ」も議論の残るところで、それも大切なパスポートなのだから失敗してはいけないだろうとの懸念から、私も深夜、突然起きて考えていたら眠れなくなってしまった(心配性・・・)。結局、その必要はなくてホッとしたのだけれど・・・。
それで思ったのだが、こういう経験っていうのはエリックのような二重国籍者にとって典型的なんじゃないか。ふたつの国の基準は違っている。その関係性がうまくいかずチグハグなこともある。その狭間にあって、二重国籍者は1つの国籍しか持たない人に比べると、思わぬような問題に遭遇する可能性も高いんじゃないだろうか。日本という国は、「規格外」の人にとっては非常に住みにくい国なんじゃないか。そんな予感を覚えた。
それにしても、私には意味のわからない、このヘボン式、そもそも何のためのものなのだろうか・・・。必要あるんだろうか・・・。
Tuesday, January 17, 2012
女児という理由で中絶:「最も極度な女性差別」“It is discrimination against women in its most extreme form” Dr. Rajendra Kale
1月16日以降、カナダで最も権威ある医学ジャーナルCanadian Medical Association Journal(CMAJ)に発表されたドクター・ラジェンドラ・ケールのエディトリアルをめぐって大きな議論が起きている。
ドクター・ケールによれば、「インドや中国でいちじるしい女児の中絶は、数は少ないがカナダでも起こっている。女児の中絶は”女性に対する差別のうちで極端にひどいもの(It is discrimination against women in its most extreme form)”であり、これを防ぐためには性別判定の結果を妊娠30週以前に伝えることを禁止すべきである」。
現在、カナダでは親が望めば妊娠18-19週で性別を知らせてくれる。妊娠30週以降の中絶はに困難が伴なうため医療関係者は推奨しない。
女児を望まない両親による女児の中絶は、インドや中国では数万件という単位で起こっているが、トロント周辺の南アジア系コミュニティでもかなり行われているとされる。The Toronto Star紙によれば、2006年の国勢調査のデータでは、カナダ全国の15歳以下人口で見ると南アジア系コミュニティでは男子1000人に対して女子932人と、一般人口での男子1000人に対する女子953人と幾分不均衡になっている。しかし、これをトロントのメトロポリタンエリア(だいたい市内にあたる)の南アジア系コミュニティで見ると、男子1000人に対し女子917人、トロント近郊のミシサガでは女子904人、さらにブランプトンでは864人と不均衡な度合いになっていることがわかる。
実際、ドクター・ケールの論評は、ブリティッシュ・コロンビア大学の経済学教授ケビン・ミリガンの研究結果に基づくもので、インド系のうちヒンドゥー教徒、無信仰者の中国系のあいだで女児の中絶が故意に行われており、こうしたコミュニティ内の男女比のバランスがいちじるしく欠けているとされる。
当然、この議論に対する批判として出てくるのがright to information(知る権利)である。とりわけ過去20年ほどの間で医療分野では患者の「知る権利」の重要性がますます強調されている。しかし、こうした議論に対し、ドクター・ケールは「胎児の性別判断は医療関連の情報ではないため、この議論は無効である」としている。また、南アジア系コミュニティだけをシングルアウトするのは差別であるとし、すべての妊婦に対して30週を課すことを求めている。
カナダの産科医と婦人科医で構成されるThe Society of Obstetricians and Gynaecologist of Canadaは、ドクター・ケールの示唆は文化的配慮が足りないと批判的な立場をとっているほか、南アジアコミュニティの中にもステレオタイプを煽るとの懸念も出されている。
この議論は、脳死や死ぬ権利をはじめとする医療技術の発展に伴なって出てきた新しい議論であると同時に、マルチカルチャー社会における移民の文化的価値と受け入れ国家の価値(この場合は女性の権利に関する価値)のあいだで起こっている問題という二面性を持っている。同じように、カナダにおける男子乳児の割礼や女性器切除(FGM)の問題もしばしば取り沙汰される興味深い問題である。
参考)
The Globe and Mail:
http://m.theglobeandmail.com/life/health/new-health/health-news/bid-to-curb-female-feticide-pushes-hot-buttons-of-abortion-and-culture/article2304046/?service=mobile#
http://www.theglobeandmail.com/news/national/withholding-sex-of-fetus-could-stop-female-feticide-doctor-says/article2304046/print/
The Toronto Star:
http://www.thestar.com/news/article/1116291--canadian-doctor-s-suggestion-to-delay-revealing-baby-s-sex-ignites-controversy-over-feticide
ドクター・ケールによれば、「インドや中国でいちじるしい女児の中絶は、数は少ないがカナダでも起こっている。女児の中絶は”女性に対する差別のうちで極端にひどいもの(It is discrimination against women in its most extreme form)”であり、これを防ぐためには性別判定の結果を妊娠30週以前に伝えることを禁止すべきである」。
現在、カナダでは親が望めば妊娠18-19週で性別を知らせてくれる。妊娠30週以降の中絶はに困難が伴なうため医療関係者は推奨しない。
女児を望まない両親による女児の中絶は、インドや中国では数万件という単位で起こっているが、トロント周辺の南アジア系コミュニティでもかなり行われているとされる。The Toronto Star紙によれば、2006年の国勢調査のデータでは、カナダ全国の15歳以下人口で見ると南アジア系コミュニティでは男子1000人に対して女子932人と、一般人口での男子1000人に対する女子953人と幾分不均衡になっている。しかし、これをトロントのメトロポリタンエリア(だいたい市内にあたる)の南アジア系コミュニティで見ると、男子1000人に対し女子917人、トロント近郊のミシサガでは女子904人、さらにブランプトンでは864人と不均衡な度合いになっていることがわかる。
実際、ドクター・ケールの論評は、ブリティッシュ・コロンビア大学の経済学教授ケビン・ミリガンの研究結果に基づくもので、インド系のうちヒンドゥー教徒、無信仰者の中国系のあいだで女児の中絶が故意に行われており、こうしたコミュニティ内の男女比のバランスがいちじるしく欠けているとされる。
当然、この議論に対する批判として出てくるのがright to information(知る権利)である。とりわけ過去20年ほどの間で医療分野では患者の「知る権利」の重要性がますます強調されている。しかし、こうした議論に対し、ドクター・ケールは「胎児の性別判断は医療関連の情報ではないため、この議論は無効である」としている。また、南アジア系コミュニティだけをシングルアウトするのは差別であるとし、すべての妊婦に対して30週を課すことを求めている。
カナダの産科医と婦人科医で構成されるThe Society of Obstetricians and Gynaecologist of Canadaは、ドクター・ケールの示唆は文化的配慮が足りないと批判的な立場をとっているほか、南アジアコミュニティの中にもステレオタイプを煽るとの懸念も出されている。
この議論は、脳死や死ぬ権利をはじめとする医療技術の発展に伴なって出てきた新しい議論であると同時に、マルチカルチャー社会における移民の文化的価値と受け入れ国家の価値(この場合は女性の権利に関する価値)のあいだで起こっている問題という二面性を持っている。同じように、カナダにおける男子乳児の割礼や女性器切除(FGM)の問題もしばしば取り沙汰される興味深い問題である。
参考)
The Globe and Mail:
http://m.theglobeandmail.com/life/health/new-health/health-news/bid-to-curb-female-feticide-pushes-hot-buttons-of-abortion-and-culture/article2304046/?service=mobile#
http://www.theglobeandmail.com/news/national/withholding-sex-of-fetus-could-stop-female-feticide-doctor-says/article2304046/print/
The Toronto Star:
http://www.thestar.com/news/article/1116291--canadian-doctor-s-suggestion-to-delay-revealing-baby-s-sex-ignites-controversy-over-feticide
Sunday, December 25, 2011
フランス政府、アルメニアン・ジェノサイド(アルメニア人虐殺)否定を違法とする法案を決議
12月22日、フランス議会下院は第一次対戦中に起こったオットーマン=トルコ帝国によるアルメニア人虐殺を公的に否定することを犯罪とする法案を可決した。
一方、トルコ政府はこの動きを猛烈に批判し、来年4月に予定されている大統領選挙での票稼ぎを目論んだサーコージー大統領の政治的意図、フランス国内でのトルコ差別やイスラモフォビアをほのめかし外交問題に発展している。
アルメニア人の虐殺(アルメニアン・ジェノサイド)とは、第一次世界大戦中の1915年、トルコ東部でオットーマン=トルコ帝国によるキリスト教徒で民族的マイノリティのアルメニア人約150万人が組織的に殺害された事件(数については一部の専門家の間で議論があるようだが、欧米の大手メディアはこの数字を取っている)。西欧諸国の歴史家や専門家のあいだでは「ジェノサイド」のひとつとされており、アメリカやフランスをはじめとする国々では、国会の議決を通して「ジェノサイド」と位置付けられ、トルコ政府による謝罪と補償を要求している。
トルコ政府のアルメニア人虐殺に対する態度をひとことで表すなら「否定」であり、なかに虐殺の事実を認めたとしても、どちら側も多大な犠牲を払ったわけで、トルコ人だけが責められるのはおかしい、と公言している政治家もいる(犠牲者の数に関しても見解が一致していない)。国民の大半もこの問題が海外(白人の国々、ユダヤ=キリスト教的文化に根ざした国々)で取り上げられるたびに、トルコおよびイスラム文化に対する侮辱、あるいはトルコ差別であると感じる人が多く、この問題がナショナリズムと絡んだかなり感情的な問題であることがうかがい知れる。(こう見てくるとわかるが、アルメニアン・ジェノサイドとトルコ政府の反応は、南京虐殺に対する日本政府および国民の反応と、ある意味で最もパラレルな関係にあると思われる。)
フランスでは、2001年にはアルメニア人虐殺をジェノサイドであると認める法を国会で可決、2011年5月には、アルメニア人虐殺の否定を犯罪とすることが下院で可決されたものの、上院で否決されたという経緯がある。
同様の法律は、ホロコースト否定にもあてはまり、ドイツと同じくフランスでも公的な場でホロコーストを否定すれば、犯罪となる。ちなみに、私の住むカナダでも同様で、ホロコースト否定はヘイトクライム(憎悪罪- ある特定のグループに対する憎悪をあおることに対する罪)にあたる。
一方、トルコ政府はこの動きを猛烈に批判し、来年4月に予定されている大統領選挙での票稼ぎを目論んだサーコージー大統領の政治的意図、フランス国内でのトルコ差別やイスラモフォビアをほのめかし外交問題に発展している。
アルメニア人の虐殺(アルメニアン・ジェノサイド)とは、第一次世界大戦中の1915年、トルコ東部でオットーマン=トルコ帝国によるキリスト教徒で民族的マイノリティのアルメニア人約150万人が組織的に殺害された事件(数については一部の専門家の間で議論があるようだが、欧米の大手メディアはこの数字を取っている)。西欧諸国の歴史家や専門家のあいだでは「ジェノサイド」のひとつとされており、アメリカやフランスをはじめとする国々では、国会の議決を通して「ジェノサイド」と位置付けられ、トルコ政府による謝罪と補償を要求している。
トルコ政府のアルメニア人虐殺に対する態度をひとことで表すなら「否定」であり、なかに虐殺の事実を認めたとしても、どちら側も多大な犠牲を払ったわけで、トルコ人だけが責められるのはおかしい、と公言している政治家もいる(犠牲者の数に関しても見解が一致していない)。国民の大半もこの問題が海外(白人の国々、ユダヤ=キリスト教的文化に根ざした国々)で取り上げられるたびに、トルコおよびイスラム文化に対する侮辱、あるいはトルコ差別であると感じる人が多く、この問題がナショナリズムと絡んだかなり感情的な問題であることがうかがい知れる。(こう見てくるとわかるが、アルメニアン・ジェノサイドとトルコ政府の反応は、南京虐殺に対する日本政府および国民の反応と、ある意味で最もパラレルな関係にあると思われる。)
フランスでは、2001年にはアルメニア人虐殺をジェノサイドであると認める法を国会で可決、2011年5月には、アルメニア人虐殺の否定を犯罪とすることが下院で可決されたものの、上院で否決されたという経緯がある。
同様の法律は、ホロコースト否定にもあてはまり、ドイツと同じくフランスでも公的な場でホロコーストを否定すれば、犯罪となる。ちなみに、私の住むカナダでも同様で、ホロコースト否定はヘイトクライム(憎悪罪- ある特定のグループに対する憎悪をあおることに対する罪)にあたる。
Friday, December 16, 2011
イスラモフォビアの一種? 女性蔑視に対する反応?
先日、 カナダ連邦政府のCitizenship and Immigration Ministry(市民および移民局)のジェイソン・ケニー大臣が、市民権授与式での宣誓の際はヴェールをかぶったイスラム教徒女性は、そのヴェールを取らなければならない、という声明を出して、メディアで議論が起こっている。Canadian value、Freedom Of expressionとか、multiculturalism、torelance、という言葉が踊っている紙上は賛否両論わかれている。。
ヴェールというのはニカブといわれるもので、目の部分だけがオープンになっている。トロントに住んでいれば、誰もが必ずそれをかぶっている女性を見たことがあると思う。
今までは、イスラム教徒の女性にはヘッドドレスをかぶったまま投票したり、市民権の宣誓をしたり、裁判所で証言したりすることができたが、折りも折、ちょうど最高裁判所では裁判所での証言の際にヴェールをとるかどうか、が審議されていたり、ヴェールに対する状況は大きな転換を強いられることになりそうである。
なぜ、イスラム教徒女性のヴェールが政治的問題になるのか。今まで問題の起こっていないヴェールが、今ここで突然に問題となるのはなぜなのか。一部の人が言うように、イスラモフォビアもあると思う。ただ、この問題は複雑な問題であって、それだけが理由だとは到底言えない。
まず、マルチカルチャリズムを選び、それを最もすばらしい自国のアイデンティティだと思っているカナダ人は、一般的にいえば他文化に対する寛容性を備えている。しかし、ヴェールというのは、どうしてもカナダ人が同じように大切にしている「価値」(Canadian value)にそぐわないのである。その価値とは、男女平等の原則であり、男性と女性は同等に扱われなくてはならない、というカナダ人にとっては空気みたいに当然の原則である。
ヴェールが象徴するのは、それとは真っ向から反対する価値であり、男性が女性によって魅惑されないように女性は自分の魅力を隠す責任がある、というイスラム諸国の慣習のひとつである(コーランがそう記しているわけではなく、部族的な慣習であるといわれる)。女性は車を運転しできないとか、女性はひとりで通りを歩いてはいけないとか、そういった決まりも一部のイスラム圏では女性に対して課されている。
1960年代に権利の革命によって社会の変革を経験した団塊の世代(ブーマー世代)にとって、男女平等の原則に反するこの考え方はどうしてもなじまない。また、あんなおしゃれのできないユニフォームをどうして女性が好んで着ようと思うのか、と感じる。強制されているように思うにわけである。ヴェールは、つまるところ、カナダ人にとっては何よりも「女性に対する抑圧」として映る。
一方では、カナダで生まれた女性でイスラム教を信仰する女性のなかには、自らヴェールをかぶることを選んだ人もいる。それでも、一般に浸透しているイスラム教における女性の立場を考えると、つい「抑圧」という言葉が脳裏をよぎるのだ。
カナダのマルチカルチュラリズムにおいて、カナダ人が得意とする「寛容性」に受け入れられない女性蔑視の価値観は、今後もいろいろな形で議論を巻き起こすだろうと思われる。
ヴェールというのはニカブといわれるもので、目の部分だけがオープンになっている。トロントに住んでいれば、誰もが必ずそれをかぶっている女性を見たことがあると思う。
今までは、イスラム教徒の女性にはヘッドドレスをかぶったまま投票したり、市民権の宣誓をしたり、裁判所で証言したりすることができたが、折りも折、ちょうど最高裁判所では裁判所での証言の際にヴェールをとるかどうか、が審議されていたり、ヴェールに対する状況は大きな転換を強いられることになりそうである。
なぜ、イスラム教徒女性のヴェールが政治的問題になるのか。今まで問題の起こっていないヴェールが、今ここで突然に問題となるのはなぜなのか。一部の人が言うように、イスラモフォビアもあると思う。ただ、この問題は複雑な問題であって、それだけが理由だとは到底言えない。
まず、マルチカルチャリズムを選び、それを最もすばらしい自国のアイデンティティだと思っているカナダ人は、一般的にいえば他文化に対する寛容性を備えている。しかし、ヴェールというのは、どうしてもカナダ人が同じように大切にしている「価値」(Canadian value)にそぐわないのである。その価値とは、男女平等の原則であり、男性と女性は同等に扱われなくてはならない、というカナダ人にとっては空気みたいに当然の原則である。
ヴェールが象徴するのは、それとは真っ向から反対する価値であり、男性が女性によって魅惑されないように女性は自分の魅力を隠す責任がある、というイスラム諸国の慣習のひとつである(コーランがそう記しているわけではなく、部族的な慣習であるといわれる)。女性は車を運転しできないとか、女性はひとりで通りを歩いてはいけないとか、そういった決まりも一部のイスラム圏では女性に対して課されている。
1960年代に権利の革命によって社会の変革を経験した団塊の世代(ブーマー世代)にとって、男女平等の原則に反するこの考え方はどうしてもなじまない。また、あんなおしゃれのできないユニフォームをどうして女性が好んで着ようと思うのか、と感じる。強制されているように思うにわけである。ヴェールは、つまるところ、カナダ人にとっては何よりも「女性に対する抑圧」として映る。
一方では、カナダで生まれた女性でイスラム教を信仰する女性のなかには、自らヴェールをかぶることを選んだ人もいる。それでも、一般に浸透しているイスラム教における女性の立場を考えると、つい「抑圧」という言葉が脳裏をよぎるのだ。
カナダのマルチカルチュラリズムにおいて、カナダ人が得意とする「寛容性」に受け入れられない女性蔑視の価値観は、今後もいろいろな形で議論を巻き起こすだろうと思われる。
Tuesday, November 29, 2011
アファマティブ・アクション(Affirmative Action)
トロント市教育委員会によるアフリセントリック学校設置について、先に思うことを書いたが、そのあとで夫とこの話をいろいろとしているうちに、私もひとつ考えなくてはならない点があることに気付いた。これは、「Visible Minorityという表現」に出てきたCanadian Employment Equity Actの4つのDesignated Groupとも関連するのでメモしておきたい。
夫の指摘で気付いたのだが、考えなくてはならない点とは、アファマティブ・アクションのことである。日本語にしづらい言葉だが、これはある特定のグループが歴史的に、制度的に差別を被ってきたことを考慮して、それによって生じた社会の不均等を是正するためにこのグループに対して認められる優遇措置のことである。ただし、この措置の根拠や効果に関しては賛否両論分かれており、反対派からは「逆差別」とみなされることもある。
例をあげてみよう。数年前、夫は連邦政府のインターンシップに応募したことがあったが、面接のときにはっきりと「カナダ政府は雇用均等法の4つの指定グループの地位向上に力を入れているため、もし、あなたと同じ得点の人がこの4つのグループのメンバーであった場合は、そちらを採用することになる」と言われた、という。
これを聞くと、「白人男性に対する逆差別だ」と憤慨する白人もいるが、このような「不平等にみえる制度=アファマティブ・アクション」が適用された背景とその目的を知っておく必要がある。アファマティブ・アクションには、不利益を被ってきたグループにより多くの機会を与えることで、歴史的な不正義を正すための一時的な是正措置といえる。
たとえば、カナダの大学も長年アングロサクソン系以外の学生は受け入れていなかった。こうして高等教育の恩恵をあるグループに限定した結果、社会において指導的立場に立つ人たちがすべてアングロサクソンで占められていた。企業のトップがアングロサクソンなら、従業員もアングロサクソンが採用されやすく、この悪循環は一部のグループによる権力や富の支配としてマイノリティにとっての制度的差別として存在してきた。
とりわけ黒人と白人の間の制度的差別を変えるためにはアファマティブ・アクションが有効的だとされ、社会の各方面で導入されたのが1960年代。その後、世界中で同じ名前では呼ばれないにしても同じようなアイデアで差別是正制度として取り入れられてきた。
話をアフリセントリック学校に戻すと、TDSB(トロント教育委員会)がこの特殊な学校の設置を許可した背景には、このアファマティブ・アクションという考え方があった、というのが夫の見方である。しかし、高校退学率を見るだけだと、ポルトガル系が43%で、黒人40%以上に高い。それならなぜポルトガル系にアファマティブ・アクションを適用しないのか。夫によると、TDSBが根拠として示している高校退学率は問題のほんの一部に過ぎず、より深刻な問題は黒人コミュニティに存在する広範な若者の問題(麻薬、マフィア、銃がらみの殺人、貧困、10代妊娠など)で、TDSBはこうした深刻な問題に日々対処しているが、既存のプログラム改善などでは対処できていない。こうした経過を経て、ひとつの解決法として示されたのが、このアフリセントリック学校なのではないか、ということである。
麻薬、マフィア、銃がらみの殺人という問題は、トロント全体の問題というより、一部コミュニティで頻発している問題である(実際、多くのトロントニアンはこれらの問題を自分にかかわる問題として意識していない)。もし、こうしたことを表立って言うと、すでに大きな負荷を与えられたブラック・コミュニティに更なるスティグマを負わせることになる、という配慮から、TDSBではこうした問題には言及せず「高校退学率」を根拠と出したのではないか、というのが夫の意見である。
それを聞くと確かに部分的には納得できる。それでは同じように社会的スティグマを負わされたネイティブ・コミュニティはどうなのだろう、と疑問に思う。私も実はトロントほどのマルチカルチャー都市が、さらにはトロントの優秀な教師や教育関係者を多数輩出しているOISE(Ontario Institute for Studies in Education)のプログラム内容からも、アフロセントリック学校設置許可までにはTDSBのなかで、非常に深い議論がなされたのだろうという気がする。
社会正義の反映とは、実に複雑なプロセスである。
夫の指摘で気付いたのだが、考えなくてはならない点とは、アファマティブ・アクションのことである。日本語にしづらい言葉だが、これはある特定のグループが歴史的に、制度的に差別を被ってきたことを考慮して、それによって生じた社会の不均等を是正するためにこのグループに対して認められる優遇措置のことである。ただし、この措置の根拠や効果に関しては賛否両論分かれており、反対派からは「逆差別」とみなされることもある。
例をあげてみよう。数年前、夫は連邦政府のインターンシップに応募したことがあったが、面接のときにはっきりと「カナダ政府は雇用均等法の4つの指定グループの地位向上に力を入れているため、もし、あなたと同じ得点の人がこの4つのグループのメンバーであった場合は、そちらを採用することになる」と言われた、という。
これを聞くと、「白人男性に対する逆差別だ」と憤慨する白人もいるが、このような「不平等にみえる制度=アファマティブ・アクション」が適用された背景とその目的を知っておく必要がある。アファマティブ・アクションには、不利益を被ってきたグループにより多くの機会を与えることで、歴史的な不正義を正すための一時的な是正措置といえる。
たとえば、カナダの大学も長年アングロサクソン系以外の学生は受け入れていなかった。こうして高等教育の恩恵をあるグループに限定した結果、社会において指導的立場に立つ人たちがすべてアングロサクソンで占められていた。企業のトップがアングロサクソンなら、従業員もアングロサクソンが採用されやすく、この悪循環は一部のグループによる権力や富の支配としてマイノリティにとっての制度的差別として存在してきた。
とりわけ黒人と白人の間の制度的差別を変えるためにはアファマティブ・アクションが有効的だとされ、社会の各方面で導入されたのが1960年代。その後、世界中で同じ名前では呼ばれないにしても同じようなアイデアで差別是正制度として取り入れられてきた。
話をアフリセントリック学校に戻すと、TDSB(トロント教育委員会)がこの特殊な学校の設置を許可した背景には、このアファマティブ・アクションという考え方があった、というのが夫の見方である。しかし、高校退学率を見るだけだと、ポルトガル系が43%で、黒人40%以上に高い。それならなぜポルトガル系にアファマティブ・アクションを適用しないのか。夫によると、TDSBが根拠として示している高校退学率は問題のほんの一部に過ぎず、より深刻な問題は黒人コミュニティに存在する広範な若者の問題(麻薬、マフィア、銃がらみの殺人、貧困、10代妊娠など)で、TDSBはこうした深刻な問題に日々対処しているが、既存のプログラム改善などでは対処できていない。こうした経過を経て、ひとつの解決法として示されたのが、このアフリセントリック学校なのではないか、ということである。
麻薬、マフィア、銃がらみの殺人という問題は、トロント全体の問題というより、一部コミュニティで頻発している問題である(実際、多くのトロントニアンはこれらの問題を自分にかかわる問題として意識していない)。もし、こうしたことを表立って言うと、すでに大きな負荷を与えられたブラック・コミュニティに更なるスティグマを負わせることになる、という配慮から、TDSBではこうした問題には言及せず「高校退学率」を根拠と出したのではないか、というのが夫の意見である。
それを聞くと確かに部分的には納得できる。それでは同じように社会的スティグマを負わされたネイティブ・コミュニティはどうなのだろう、と疑問に思う。私も実はトロントほどのマルチカルチャー都市が、さらにはトロントの優秀な教師や教育関係者を多数輩出しているOISE(Ontario Institute for Studies in Education)のプログラム内容からも、アフロセントリック学校設置許可までにはTDSBのなかで、非常に深い議論がなされたのだろうという気がする。
社会正義の反映とは、実に複雑なプロセスである。
シャリア法では殺人にならない名誉殺人とカナダの多文化主義
2009年6月30日、ナイアガラ旅行の帰途の家族の乗った車が、キングストンで川に転落し、4人の女性が命を落とした。死亡した4人のうち、3人はモントリオール在住のモハマド・シャフィアの娘で、上から19、17、13歳、残るひとりはシャフィアの第一の妻で、家族のなかでは「叔母」とされていた女性であった。
警察は直ちに別の車で移動していたモハマド・シャフィアと彼の妻、息子の関与を疑い、調査に乗り出した。現在、この裁判が進行するにつれて、この事件の全容が明らかになっている。Honour killing(名誉殺人)、子ども虐待、移民家庭における文化的軋轢という、マルチカルチャー社会に特有の興味深い問題を浮かび上がらせる。
検察側の見方はこうである。アフガニスタン生まれのビジネスマン、モハマド・シャフィアは、伝統的なイスラム教に基づく価値観を娘に押し付けており、娘はそれに抵抗、家庭は崩壊していたという。死亡した娘3人はカナダ生まれのティーンエイジャーとして、西洋スタイルの生活を望み、イスラム教徒のヘッドギアであるヒジャブ着用を拒否(あるいは、家を出るとすぐに取る)、禁じられているボーイフレンドをつくり、メイクアップをしていたことから、父親の怒りを買っていたという。
最も反抗的な長女ザイナブは、パキスタン系のボーイフレンド(父親は同じトライブの結婚相手以外は認めないという立場)をつくり、家族の目を盗んでデートを繰り返していた。家出の結果、女性用シェルターにも入ったこともあるという。また、2番目のサハーは学校のカウンセラーに家庭での父親との問題を理由に自殺をほのめかしており、福祉サービスを提供する組織が介入したが、父親の怒りを恐れて、証言を撤回した結果、福祉関係者もそれ以上の介入はしなかったという。
報道によれば、父親モハマドは息子に娘の監視をさせたり、ボーイフレンドと接触させないように学校を辞めさせようとまでしていた。また、何度となく娘たちがイスラム教的価値観に基づいた生活スタイルを破棄していることを批判し、家族の名誉を汚したこと、死をもってつぐなう以外に道はない、というコメントをしていたという。こうした経緯から、事故による溺死と見せかけ、妻と息子と共謀して娘3人を計画的に殺害した(子どものできなかった最初の妻は運悪く道連れになった・・・)、というのが検察側の主張である。
妻のヤヤは、夫には絶対服従で自分の考えで行動するということはなかったようだ。公判中、自分の娘たちの死の映像を見ることを拒否し、すすり泣きをしていることが多いと報道されている。また、「叔母」とされている女性がシャフィアの第一の妻であったことから、ポリガミー(多妻制度)という問題も浮かび上がらせている。
どこの家庭でも世代間のギャップによる誤解や衝突はあるものだが、移民家庭ではこれに文化的な違いからくる軋轢という要因が加わることがあり、私もこうした話はときどき耳にする。とくに親が強い宗教観や価値観をもっている場合には、子どもたちが「西洋的」と見え、毎日の生活のなかで「文化の衝突」の縮図が展開される。これが悪化した最悪のケースがHonour killingで、トロント周辺では年に1度はこうしたケースが表面化しているのが現状である。
もちろん、警察や検察は「honour killing(名誉殺人)」という言葉は使わない。カナダ刑法にはこの言葉はないため、彼らは注意深くこの言葉を避けている。しかし、事件に至った経緯が明るみになるにつれ、この事件を最もよく表現する言葉は「名誉殺人」であることは誰の目にも明らかである。
イスラム圏では、シャリア法のもとで家族の名誉を汚した女性メンバーの殺害は「殺人」とはみなされない。たとえば、結婚前に性的関係を持った娘や不倫関係にある妻、あるいは被害者としてレイプを受けた女性メンバーなどの存在は家族の恥とされ、これを償う唯一の方法としてhonour killing(名誉殺人)が許されている。
名誉殺人としか見えない事件が起こるたびに、私はこの事件を犯した男性たちの意識がどうなっているのかと、怒り心頭、メラメラと頭にくる。正直いって、カナダ社会の一員として、こうした女性蔑視の考え方は国境をまたいだ時に捨ててほしい、と思うが、政治的に正しい言い方ではないのは分かっているので、言いはしない。カナダ人にとっては、男女平等という考えは至極当然で、とりわけ女性を男性の従属物とみなすような価値観は、感覚的になじまない。この事件だって、平均的カナダ人の感覚からするとまったく理解できないだろう。
しかし、カナダのメディアはこの問題を、社会全体が短絡的な移民バッシングへと導かれないよう、非常に注意深く扱っている、という気がする。新聞のコメント欄には、コミュニティ内部をよく知る関係者や専門家が事件について多角的なコメントが寄せられる。社説でもこうした関係者の意見をもとに、問題が深く掘り下げられる。私がカナダの多文化主義の懐の深さを感じるのは、こんなときだ。文化間の軋轢に起因する問題や事件が起これば、まずはコミュニティ内で問題に関する議論が起きる。そこを飛び越して社会全体でこの問題を議論すると、問題の根本的解決にならないどころか、コミュニティそのものを誤解、さらには移民バッシングへと発展する恐れもある。なので、メディアは非常に慎重になる。カナダの多文化主義のカギとなっているのは、このメディアの慎重さだと思う。そして、それを支えているのは、言うまでもなく国民の他の文化に対する寛容性に他ならない。
警察は直ちに別の車で移動していたモハマド・シャフィアと彼の妻、息子の関与を疑い、調査に乗り出した。現在、この裁判が進行するにつれて、この事件の全容が明らかになっている。Honour killing(名誉殺人)、子ども虐待、移民家庭における文化的軋轢という、マルチカルチャー社会に特有の興味深い問題を浮かび上がらせる。
検察側の見方はこうである。アフガニスタン生まれのビジネスマン、モハマド・シャフィアは、伝統的なイスラム教に基づく価値観を娘に押し付けており、娘はそれに抵抗、家庭は崩壊していたという。死亡した娘3人はカナダ生まれのティーンエイジャーとして、西洋スタイルの生活を望み、イスラム教徒のヘッドギアであるヒジャブ着用を拒否(あるいは、家を出るとすぐに取る)、禁じられているボーイフレンドをつくり、メイクアップをしていたことから、父親の怒りを買っていたという。
最も反抗的な長女ザイナブは、パキスタン系のボーイフレンド(父親は同じトライブの結婚相手以外は認めないという立場)をつくり、家族の目を盗んでデートを繰り返していた。家出の結果、女性用シェルターにも入ったこともあるという。また、2番目のサハーは学校のカウンセラーに家庭での父親との問題を理由に自殺をほのめかしており、福祉サービスを提供する組織が介入したが、父親の怒りを恐れて、証言を撤回した結果、福祉関係者もそれ以上の介入はしなかったという。
報道によれば、父親モハマドは息子に娘の監視をさせたり、ボーイフレンドと接触させないように学校を辞めさせようとまでしていた。また、何度となく娘たちがイスラム教的価値観に基づいた生活スタイルを破棄していることを批判し、家族の名誉を汚したこと、死をもってつぐなう以外に道はない、というコメントをしていたという。こうした経緯から、事故による溺死と見せかけ、妻と息子と共謀して娘3人を計画的に殺害した(子どものできなかった最初の妻は運悪く道連れになった・・・)、というのが検察側の主張である。
妻のヤヤは、夫には絶対服従で自分の考えで行動するということはなかったようだ。公判中、自分の娘たちの死の映像を見ることを拒否し、すすり泣きをしていることが多いと報道されている。また、「叔母」とされている女性がシャフィアの第一の妻であったことから、ポリガミー(多妻制度)という問題も浮かび上がらせている。
どこの家庭でも世代間のギャップによる誤解や衝突はあるものだが、移民家庭ではこれに文化的な違いからくる軋轢という要因が加わることがあり、私もこうした話はときどき耳にする。とくに親が強い宗教観や価値観をもっている場合には、子どもたちが「西洋的」と見え、毎日の生活のなかで「文化の衝突」の縮図が展開される。これが悪化した最悪のケースがHonour killingで、トロント周辺では年に1度はこうしたケースが表面化しているのが現状である。
もちろん、警察や検察は「honour killing(名誉殺人)」という言葉は使わない。カナダ刑法にはこの言葉はないため、彼らは注意深くこの言葉を避けている。しかし、事件に至った経緯が明るみになるにつれ、この事件を最もよく表現する言葉は「名誉殺人」であることは誰の目にも明らかである。
イスラム圏では、シャリア法のもとで家族の名誉を汚した女性メンバーの殺害は「殺人」とはみなされない。たとえば、結婚前に性的関係を持った娘や不倫関係にある妻、あるいは被害者としてレイプを受けた女性メンバーなどの存在は家族の恥とされ、これを償う唯一の方法としてhonour killing(名誉殺人)が許されている。
名誉殺人としか見えない事件が起こるたびに、私はこの事件を犯した男性たちの意識がどうなっているのかと、怒り心頭、メラメラと頭にくる。正直いって、カナダ社会の一員として、こうした女性蔑視の考え方は国境をまたいだ時に捨ててほしい、と思うが、政治的に正しい言い方ではないのは分かっているので、言いはしない。カナダ人にとっては、男女平等という考えは至極当然で、とりわけ女性を男性の従属物とみなすような価値観は、感覚的になじまない。この事件だって、平均的カナダ人の感覚からするとまったく理解できないだろう。
しかし、カナダのメディアはこの問題を、社会全体が短絡的な移民バッシングへと導かれないよう、非常に注意深く扱っている、という気がする。新聞のコメント欄には、コミュニティ内部をよく知る関係者や専門家が事件について多角的なコメントが寄せられる。社説でもこうした関係者の意見をもとに、問題が深く掘り下げられる。私がカナダの多文化主義の懐の深さを感じるのは、こんなときだ。文化間の軋轢に起因する問題や事件が起これば、まずはコミュニティ内で問題に関する議論が起きる。そこを飛び越して社会全体でこの問題を議論すると、問題の根本的解決にならないどころか、コミュニティそのものを誤解、さらには移民バッシングへと発展する恐れもある。なので、メディアは非常に慎重になる。カナダの多文化主義のカギとなっているのは、このメディアの慎重さだと思う。そして、それを支えているのは、言うまでもなく国民の他の文化に対する寛容性に他ならない。
Sunday, November 27, 2011
visible minority(ヴィジブル・マイノリティ)という表現
トロント市の掲げる謳い文句といえば’Diversity Is Our Strength’。
人口の半数が海外で生まれ、文化的多様性という意味では世界に例をみないトロントに住む私たちは、この謳い文句を誇りをもって受け止めている。
トロント人口のうちヴィジブル・マイノリティの占める割合は40.29%でほぼ半数。しかし、選挙で選ばれた政治家をみてみると、ヴィジブル・マイノリティの市議会議員は45人のうちわずかに5人、パーセンテージにすると10.9%と驚くほど低い。
これを連邦政府レベルでみてみると、47人中の8人(17%)、さらに州政府レベルでみると、47人中の12人(25.5%)となっている。
これを問題とみるか、問題ではないと見るかは人によって違う。白人以外は選挙に立候補できないという法律がないのだから、問題とではないという人もいれば、多様なバックグラウンドを持つ人口が反映されていないことを問題とみる人もいる。
しかし、同時に問題を感じるのは「ヴィジブル・マイノリティ」という言葉である。カナダの多文化主義を語るとき、あるいは統計局が出す統計調査の結果を見ると、「ヴィジブル・マイノリティ」という言葉にしばしば出くわす。その度にこの表現に違和感を感じずにはおれない。いわゆる、非白人という意味だが、白人のグループのなかにいれば目立つ、という意味のこの言葉、明らかに白人中心主義的な、問題大ありの言葉である。
カナダ連邦政府の法にthe Employment Equity Actという雇用の平等性に関する法律がある。この法では、4つのグループをDesignated Group(指定グループ)と定め、歴史的に不利益を被ってきたこれらのグループのメンバーに雇用者が積極的に職の機会を与えることを推進している。いわゆる、優遇政策である。
4つのグループにあたるのは、Aboriginal peoples(カナダ先住民)、Members of visible minorities(ヴィジブル・マイノリティの一員)、Persons with disabilities(障害をもった人)、Women(女性)。とりわけ、さまざまなレベルの政府関係、公務員の職に応募するときには、「私はヴィジブル・マイノリティです」という項にチェックするような申請用紙もあって、その下には「私たちの組織は就職の機会均等に力を注いでいます。あなたが指定グループの一員だと採用される可能性は高くなります」という注意書きがあることもある。
以前、このことでカレッジのクラスで大議論が起こったことがある。東欧、ロシア出身のクラスメイトが、「これはひどい。私も新移民で、英語もネイティブじゃない。移民としてはまったく同じ立場なのに、白人だというだけで採用される可能性が低いというのは差別的だ」と主張した。
「私たちロシアからの移民は、英語ネイティブではないし、カナダ文化にも精通しているわけじゃない。それは同じであるのに、たとえば非白人であればヴィジブル・マイノリティということで特に政府関係の組織では採用率が高くなるって、おかしすぎる」。彼女たちにしてみれば、肌の色だけを基準としたこの法こそが、「白人に対する逆差別」だというふうに見えるのである。
一方では、非白人と言われる私も、どうもひっかかる。ヴィジブル・マイノリティはノン・ホワイトであって、ホワイトを基軸としたホワイト・セントリックな差別的表現を未だに使っていてよいものか・・・。ときどき、この表現に対して批判の声があがっているのを見ると、いずれこの表現、消え去る運命にありそうな感じではあるが・・・。
人口の半数が海外で生まれ、文化的多様性という意味では世界に例をみないトロントに住む私たちは、この謳い文句を誇りをもって受け止めている。
トロント人口のうちヴィジブル・マイノリティの占める割合は40.29%でほぼ半数。しかし、選挙で選ばれた政治家をみてみると、ヴィジブル・マイノリティの市議会議員は45人のうちわずかに5人、パーセンテージにすると10.9%と驚くほど低い。
これを連邦政府レベルでみてみると、47人中の8人(17%)、さらに州政府レベルでみると、47人中の12人(25.5%)となっている。
これを問題とみるか、問題ではないと見るかは人によって違う。白人以外は選挙に立候補できないという法律がないのだから、問題とではないという人もいれば、多様なバックグラウンドを持つ人口が反映されていないことを問題とみる人もいる。
しかし、同時に問題を感じるのは「ヴィジブル・マイノリティ」という言葉である。カナダの多文化主義を語るとき、あるいは統計局が出す統計調査の結果を見ると、「ヴィジブル・マイノリティ」という言葉にしばしば出くわす。その度にこの表現に違和感を感じずにはおれない。いわゆる、非白人という意味だが、白人のグループのなかにいれば目立つ、という意味のこの言葉、明らかに白人中心主義的な、問題大ありの言葉である。
カナダ連邦政府の法にthe Employment Equity Actという雇用の平等性に関する法律がある。この法では、4つのグループをDesignated Group(指定グループ)と定め、歴史的に不利益を被ってきたこれらのグループのメンバーに雇用者が積極的に職の機会を与えることを推進している。いわゆる、優遇政策である。
4つのグループにあたるのは、Aboriginal peoples(カナダ先住民)、Members of visible minorities(ヴィジブル・マイノリティの一員)、Persons with disabilities(障害をもった人)、Women(女性)。とりわけ、さまざまなレベルの政府関係、公務員の職に応募するときには、「私はヴィジブル・マイノリティです」という項にチェックするような申請用紙もあって、その下には「私たちの組織は就職の機会均等に力を注いでいます。あなたが指定グループの一員だと採用される可能性は高くなります」という注意書きがあることもある。
以前、このことでカレッジのクラスで大議論が起こったことがある。東欧、ロシア出身のクラスメイトが、「これはひどい。私も新移民で、英語もネイティブじゃない。移民としてはまったく同じ立場なのに、白人だというだけで採用される可能性が低いというのは差別的だ」と主張した。
「私たちロシアからの移民は、英語ネイティブではないし、カナダ文化にも精通しているわけじゃない。それは同じであるのに、たとえば非白人であればヴィジブル・マイノリティということで特に政府関係の組織では採用率が高くなるって、おかしすぎる」。彼女たちにしてみれば、肌の色だけを基準としたこの法こそが、「白人に対する逆差別」だというふうに見えるのである。
一方では、非白人と言われる私も、どうもひっかかる。ヴィジブル・マイノリティはノン・ホワイトであって、ホワイトを基軸としたホワイト・セントリックな差別的表現を未だに使っていてよいものか・・・。ときどき、この表現に対して批判の声があがっているのを見ると、いずれこの表現、消え去る運命にありそうな感じではあるが・・・。
Saturday, November 26, 2011
アフリセントリック高等学校開設が承認される
11月16日、TDSB(トロント市教育委員会)は、これまで議論が続いてきたアフリセントリック高等学校の開設を承認し、2012年あるいは2013年には開校したいとの意図を発表した。14対6という圧倒的賛成多数での決議だった。
Africentric school(アフリセントリック・スクール)とは、アフリカ系生徒のためのエスニック・スクールである。カリキュラムではアフリカ系の歴史や、コミュニティに特有な問題などを扱い、自らのルーツに対する自己意識を高める意図が込められている。
統計によれば、TDSB学区のアフリカ系生徒は約3万人。そのうち40%がドロップアウト(中途退学)している。他のエスニック・コミュニティのうち、アフリカ系グループは退学率が高いグループのひとつであり、学力的にも劣っていることは、長年指摘されてきた。その原因として考えられているのが、ヨーロッパ系文化を基盤としたメインストリームの学校では、自らのアイデンティティに対する自信と帰属意識を育むことができない点、さらにはロールモデルとなりうるアフリカ系教師が少ない点、コミュニティに特有の問題を深く理解しない教師との意識的な溝などである。こうした分析に基づいて、アフリカ系生徒の置かれた現状に最も見合った教育を提供することで中途退学率を減らし、卒業後の進学率を高めることができるとの判断で設置が考えられ始めたのが、このアフリセントリック学校であった。
2009年秋、TDSBは賛否両論渦巻くなか、アフリセントリック小学校を開設した。以後、2年が経つが、統一学力テストなどの結果、親や生徒の満足度などを総合的に評価すると、結果は成功とされている。
アフリカ系どころか、(現存するカソリック系教育委員会など)宗教ベースの独自の教育委員会に対しても反対の私は、トロント教育委員会委員会が出した今回の判断は間違っていると思う。
教育委員会の委員のひとりは、アフリセントリック学校を設置しないという決断は、アフリカ系コミュニティに対する差別であるとさえ主張しているが、それは行きすぎた議論である。
アフリセントリック・スクールは、言い方を変えてはいるが、一種のセグリゲーション(隔離)に違いない。皮肉にもアメリカ南部では1960年代まで黒人と白人の子どもたちが隔離された学校で教育を受けていたが、その例をあげるまでもなく、隔離されたコミュニティは内部では問題がないかのように見えるが、より広範なコミュニティという観点からすると多くの問題を抱えている。
カナダは建国の由来からいって2つの文化を同時に認めて統合国家を作ってきた歴史がある。この歴史のうえに、国民は多文化主義を選び、隔離ではなく融合、統合の方向で物事を解決してきた。カナダのなかでも、最も民族的多様性を内包するトロントは、これまでにも人種関係問題に関して比較にならないほど多くのリソースを有している。人口の約半数が海外生まれのトロントは、いわば多文化主義のリーダー的立場にあるといっていい。その意味でも、トロント教育委員会が隔離を推進する決断を下したことは残念としか言いようがない。コミュニティ間で問題が生じたなら、その問題を融合という枠内で解決していくのが、トロントの、カナダ多文化主義の伝統的なやり方ではなかったか。困難な道ではあるが、その中で私たち市民はお互いに多く学びあい、この過程から子どもたちはカナダ人としての誇るべきアイデンティティを身に付けてきたのではなかったか。
もうひとつの問題点は、アフリカ系に学校開設を許した事実は、今後、他のエスニック系コミュニティが独自の学校を開設することを要求する動きにドアを開いた点である。アフリカ系の生徒の中途退学率が高いのは事実としても、実はポルトガル系が43%と最も高い。アフリカ系以外にも問題を抱えるコミュニティに独自の学校開設を許さなければ、アフリセントリック学校を開設することを自体が「差別」といわれても当然であろう。
さらに、公的資金を使ってイスラム教ベースの、あるいはユダヤ教ベースの学校開設を求める声はトロントには長らく存在する。また、少数の白人至上主義者が「ユーロセントリック学校」をつくろうとする動きすら出るかもしれない。アフリカ系学校の設置を許したTDSBは、こうした声を拒絶し「差別」だと批判されないようにどういった説明をするのであろうか。
トロントの学校が世界中にある学校と比べて際立っている点のひとつは、さまざまな文化的バックグラウンドをもった子どもたちが、「平等」の原則を日々自らの経験のなかから学び、肌の色や文化バックグラウンドによって特別扱いされることのない点である。
親として、私は子どもにさまざまな文化的バックグラウンドをもった子どもたちと接するなかで、文化的差異以上に人間として共通点を見出し、差異や見解の違いから学び合い、お互いに妥協することを学び、文化的寛容性を培って欲しいと願っている。また、カナダと日本という2つの文化を受け継いだ子どもを持つ親として、子どもがひとつの文化だけを強制的に選択させられる機会がないことを願っている。トロントは、そうした願いをもつ私には理想的な教育環境と映っている。こうした環境で育つ子どもたちが、グローバル・ヴィレッジに出たときに持っているアドバンテージは図り知れない。
世界の趨勢が隔離という方向に向かっている現在、私はトロントには、カナダには今まで通り統合の方向で動いて欲しいと切に願う。移民としての経験から、私が学んだことのひとつは、私たちは物理的に場所を共有すること、共有する目標に向かって協働することから、最も多くを学べる、ということだった。これこそがカナダ多文化主義が世界に送ってきたメッセージではなかったか。私の目には、アフリセントリック学校開設は、カナダ・モデルの多文化主義の流れに逆行しているように見えてならない。
Africentric school(アフリセントリック・スクール)とは、アフリカ系生徒のためのエスニック・スクールである。カリキュラムではアフリカ系の歴史や、コミュニティに特有な問題などを扱い、自らのルーツに対する自己意識を高める意図が込められている。
統計によれば、TDSB学区のアフリカ系生徒は約3万人。そのうち40%がドロップアウト(中途退学)している。他のエスニック・コミュニティのうち、アフリカ系グループは退学率が高いグループのひとつであり、学力的にも劣っていることは、長年指摘されてきた。その原因として考えられているのが、ヨーロッパ系文化を基盤としたメインストリームの学校では、自らのアイデンティティに対する自信と帰属意識を育むことができない点、さらにはロールモデルとなりうるアフリカ系教師が少ない点、コミュニティに特有の問題を深く理解しない教師との意識的な溝などである。こうした分析に基づいて、アフリカ系生徒の置かれた現状に最も見合った教育を提供することで中途退学率を減らし、卒業後の進学率を高めることができるとの判断で設置が考えられ始めたのが、このアフリセントリック学校であった。
2009年秋、TDSBは賛否両論渦巻くなか、アフリセントリック小学校を開設した。以後、2年が経つが、統一学力テストなどの結果、親や生徒の満足度などを総合的に評価すると、結果は成功とされている。
アフリカ系どころか、(現存するカソリック系教育委員会など)宗教ベースの独自の教育委員会に対しても反対の私は、トロント教育委員会委員会が出した今回の判断は間違っていると思う。
教育委員会の委員のひとりは、アフリセントリック学校を設置しないという決断は、アフリカ系コミュニティに対する差別であるとさえ主張しているが、それは行きすぎた議論である。
アフリセントリック・スクールは、言い方を変えてはいるが、一種のセグリゲーション(隔離)に違いない。皮肉にもアメリカ南部では1960年代まで黒人と白人の子どもたちが隔離された学校で教育を受けていたが、その例をあげるまでもなく、隔離されたコミュニティは内部では問題がないかのように見えるが、より広範なコミュニティという観点からすると多くの問題を抱えている。
カナダは建国の由来からいって2つの文化を同時に認めて統合国家を作ってきた歴史がある。この歴史のうえに、国民は多文化主義を選び、隔離ではなく融合、統合の方向で物事を解決してきた。カナダのなかでも、最も民族的多様性を内包するトロントは、これまでにも人種関係問題に関して比較にならないほど多くのリソースを有している。人口の約半数が海外生まれのトロントは、いわば多文化主義のリーダー的立場にあるといっていい。その意味でも、トロント教育委員会が隔離を推進する決断を下したことは残念としか言いようがない。コミュニティ間で問題が生じたなら、その問題を融合という枠内で解決していくのが、トロントの、カナダ多文化主義の伝統的なやり方ではなかったか。困難な道ではあるが、その中で私たち市民はお互いに多く学びあい、この過程から子どもたちはカナダ人としての誇るべきアイデンティティを身に付けてきたのではなかったか。
もうひとつの問題点は、アフリカ系に学校開設を許した事実は、今後、他のエスニック系コミュニティが独自の学校を開設することを要求する動きにドアを開いた点である。アフリカ系の生徒の中途退学率が高いのは事実としても、実はポルトガル系が43%と最も高い。アフリカ系以外にも問題を抱えるコミュニティに独自の学校開設を許さなければ、アフリセントリック学校を開設することを自体が「差別」といわれても当然であろう。
さらに、公的資金を使ってイスラム教ベースの、あるいはユダヤ教ベースの学校開設を求める声はトロントには長らく存在する。また、少数の白人至上主義者が「ユーロセントリック学校」をつくろうとする動きすら出るかもしれない。アフリカ系学校の設置を許したTDSBは、こうした声を拒絶し「差別」だと批判されないようにどういった説明をするのであろうか。
トロントの学校が世界中にある学校と比べて際立っている点のひとつは、さまざまな文化的バックグラウンドをもった子どもたちが、「平等」の原則を日々自らの経験のなかから学び、肌の色や文化バックグラウンドによって特別扱いされることのない点である。
親として、私は子どもにさまざまな文化的バックグラウンドをもった子どもたちと接するなかで、文化的差異以上に人間として共通点を見出し、差異や見解の違いから学び合い、お互いに妥協することを学び、文化的寛容性を培って欲しいと願っている。また、カナダと日本という2つの文化を受け継いだ子どもを持つ親として、子どもがひとつの文化だけを強制的に選択させられる機会がないことを願っている。トロントは、そうした願いをもつ私には理想的な教育環境と映っている。こうした環境で育つ子どもたちが、グローバル・ヴィレッジに出たときに持っているアドバンテージは図り知れない。
世界の趨勢が隔離という方向に向かっている現在、私はトロントには、カナダには今まで通り統合の方向で動いて欲しいと切に願う。移民としての経験から、私が学んだことのひとつは、私たちは物理的に場所を共有すること、共有する目標に向かって協働することから、最も多くを学べる、ということだった。これこそがカナダ多文化主義が世界に送ってきたメッセージではなかったか。私の目には、アフリセントリック学校開設は、カナダ・モデルの多文化主義の流れに逆行しているように見えてならない。
Tuesday, November 1, 2011
フカヒレ禁止は中国文化に対する差別的待遇か、という問い
10月下旬、トロント市議会はシャークフィン(フカヒレ)の販売、所有を禁止する法を可決し、来年の9月1日には法施行することが決められた。このブログでも数回にわたってトロント市の動きをアップデートしてきたが、今日はこのフカヒレ禁止が中国文化に対する差別かどうか、に焦点を絞って書いてみたい。
もちろん、差別に違いない、という声は中国系コミュニティを中心に出ている。市議会での決議がなされる当日、中国系の商工会は地方紙に全面広告を掲載した。その広告は「シャーク・ステーキを料理して出すことに問題はなくて、フカヒレのスープを出せば多額の罰金が課される」ことに対する矛盾をついていた。私も部分的にそう思っていた。
そもそも、フカヒレに反対する勢力は、フカヒレ漁の仕方が残酷であるといってフカヒレ消費を反対している。フカヒレ漁とは、ヒレだけ切り取って残りを海に戻すやり方だが、サメはそのうち大量の出血が原因で死んでしまう。
一方、世界中でシャーク(サメ)が消費されているのは事実であり、トロントでもスーパーにいけば「シャーク・ステーキ」の切り身は簡単に見つかる。ということならば、フカヒレを禁止するよりも、フカヒレ漁のやり方を変えればいいんじゃないか、と私は思うのだけれど、どうなのだろう。だいたい、サンフランシスコやトロントでフカヒレをメニューに出すこと、フカヒレを売ることを禁止するというのでは、フカヒレ反対勢力が否定しているフカヒレ漁のやりかたを抜本的に変え、苦しみのなかで死ぬシャークを劇的に助けることにはならない。
グローバライゼーション。食品の出所は海外であるという事実。この事実もあわせて考える必要がある。北米で消費されるシャークはアジアで捕獲されたものが大半で、トロント市としては海外の漁業の仕方を変える力はない。せいぜい、私が食肉産業に対してやっているのと同じような、消費者によるボイコットくらいしかできないのだ。
そう考えると、恐らく、フカヒレ禁止の動きは動物愛護の動きに対する、「トロント」のイメージを上げるためのトークニズムではないか、と思えてくる。
ついでに言うと、特別な日のアイテムとして珍重されているフカヒレ・スープが中国文化の象徴であることを考え合わせると、フカヒレだけをターゲットにするのなら、中国文化に対する差別的待遇ではないか、と問いただしたくなる気持ちもうなづける。
フォアグラはどうなのか。エスカルゴはどうなのか。馬の肉はどうなのか。くじらはどうなのか。
同時に、北米のスローターハウスで日々残酷なやり方で殺されている牛や、卵を産まされ続けている鶏などの扱いも、フカヒレ漁に比べると「人間的」と言えるのか。
文化という壁を突き抜けて見るとき、さまざまな食べものを食べる「正当性」の基準が揺らいでくる。何を食べて是とするか、は、文化によって、あるいは時代によっても異なる。つまり、食べ物の正当性の基準は絶対ではない。だからこそ、食べ物そのもの、ではなくて、「狩猟の仕方」や「屠殺の仕方」あるいは「飼育の仕方」に焦点を絞ることの方がずっと的を得ているという気がする。トロントで「フカヒレ」は禁止されたけれど、同じような議論が他の食べ物に対して出てくるのは時間の問題だと思われる。
もちろん、差別に違いない、という声は中国系コミュニティを中心に出ている。市議会での決議がなされる当日、中国系の商工会は地方紙に全面広告を掲載した。その広告は「シャーク・ステーキを料理して出すことに問題はなくて、フカヒレのスープを出せば多額の罰金が課される」ことに対する矛盾をついていた。私も部分的にそう思っていた。
そもそも、フカヒレに反対する勢力は、フカヒレ漁の仕方が残酷であるといってフカヒレ消費を反対している。フカヒレ漁とは、ヒレだけ切り取って残りを海に戻すやり方だが、サメはそのうち大量の出血が原因で死んでしまう。
一方、世界中でシャーク(サメ)が消費されているのは事実であり、トロントでもスーパーにいけば「シャーク・ステーキ」の切り身は簡単に見つかる。ということならば、フカヒレを禁止するよりも、フカヒレ漁のやり方を変えればいいんじゃないか、と私は思うのだけれど、どうなのだろう。だいたい、サンフランシスコやトロントでフカヒレをメニューに出すこと、フカヒレを売ることを禁止するというのでは、フカヒレ反対勢力が否定しているフカヒレ漁のやりかたを抜本的に変え、苦しみのなかで死ぬシャークを劇的に助けることにはならない。
グローバライゼーション。食品の出所は海外であるという事実。この事実もあわせて考える必要がある。北米で消費されるシャークはアジアで捕獲されたものが大半で、トロント市としては海外の漁業の仕方を変える力はない。せいぜい、私が食肉産業に対してやっているのと同じような、消費者によるボイコットくらいしかできないのだ。
そう考えると、恐らく、フカヒレ禁止の動きは動物愛護の動きに対する、「トロント」のイメージを上げるためのトークニズムではないか、と思えてくる。
ついでに言うと、特別な日のアイテムとして珍重されているフカヒレ・スープが中国文化の象徴であることを考え合わせると、フカヒレだけをターゲットにするのなら、中国文化に対する差別的待遇ではないか、と問いただしたくなる気持ちもうなづける。
フォアグラはどうなのか。エスカルゴはどうなのか。馬の肉はどうなのか。くじらはどうなのか。
同時に、北米のスローターハウスで日々残酷なやり方で殺されている牛や、卵を産まされ続けている鶏などの扱いも、フカヒレ漁に比べると「人間的」と言えるのか。
文化という壁を突き抜けて見るとき、さまざまな食べものを食べる「正当性」の基準が揺らいでくる。何を食べて是とするか、は、文化によって、あるいは時代によっても異なる。つまり、食べ物の正当性の基準は絶対ではない。だからこそ、食べ物そのもの、ではなくて、「狩猟の仕方」や「屠殺の仕方」あるいは「飼育の仕方」に焦点を絞ることの方がずっと的を得ているという気がする。トロントで「フカヒレ」は禁止されたけれど、同じような議論が他の食べ物に対して出てくるのは時間の問題だと思われる。
Tuesday, September 6, 2011
マルチカルチャー社会のウィット
昨日、スーパーに買い物に行って、レジに並んでいると、
Ice cream (will) melt!
と繰り返しながら、私と夫の前に割り込んで来ようとする(明らかに移民らしい)おばあちゃんがいた。
おばあちゃんはアイスクリームを持って、「アイスクリームが溶けるから、先に払わせて!」と言っているらしい(彼女はわかりにくい英語を話していた)。私たちの後ろの女性がとっさに、
You are here, after me!
と言って、自分の後ろに並ぶように手で示している。
夫は、
You are OK. Your ice cream is OK.
と言っている。まわりの人(みんな移民だろうと思う)はくすっと笑っていたが、その女性がもういちど、ぴしゃりとこう言った。
We came before you. Nice try, though…
やんわりと、ウィットを使いながら言うべきことを言う。それをみて、見事だわ! あっぱれだわ! と思った。
大声で怒鳴るでもなし、お説教するでもなし、おばあちゃんだからといって入れてあげるでもなし。
これこそがマルチカルチャー都市トロントに暮らす人のウィットなのだ。そして、こうしたウィットが自然に出てくるためには、マルチカルチャー社会でもまれ、いろんな文化の交錯する日常にどっぷりと身を漬ける必要があるのだとつくづく思った。
宗教的アコモデーション(religious accommodation)と教育システム
今日のGlobe紙に興味深い記事が載っていた。最近、イスラム教家庭の子どもがカソリック教教育委員会が運営するカソリック系の学校に行くケースが増えているという。背景には、イスラム教を信仰する親が、非宗教的な(Secular、セキュラー)学校でゲイ・ライツや同性の恋愛関係、性教育などが非常にオープンに行われることに対して警戒心を感じている現実があるという。崇める神が違うだけで、価値観という意味では確かに似ているところがあるだろうから、これは頷ける。
カソリック系の学校へ行くには、基本的には親のひとりがカソリックでなくてはならないが、高校以降は非カソリックでもスペースさえあれば受け入れてくれる。現在、カソリック系高等学校の生徒のうち10%が非カソリック信者だという。
私の住む州、オンタリオ州ではCatholic School Board(カソリック系教育委員会)の存在が、セキュラー(非宗教教育委員会)とともに認められている。子どもをセキュラーな学校に行かせるか、カソリック系の学校に行かせるかは親の判断にゆだねられるが、このカソリック系教育委員会に対しては、近年、批判が強まっているというのも事実である。
どちらの教育委員会も、州政府から資金援助を受けて運営されている。なぜカソリック信者だけが優遇されて、たとえばイスラム系教育委員会はないのか、シーク系はどうなのか、ユダヤ系はどうなのか、と多くが思っている。オンタリオ州の法律では、オンタリオ州民すべてにreligious rights(宗教的権利)が保障されており、公的機関にはreligious accommodation(宗教的アコモデーション:各人の宗教的権利をできる限り受け入れること)が義務づけられている。カソリックだけが優遇されるのはおかしい、と理論からするとなってしまう。
私の記憶では、数年前の州選挙の際、ジョン・トーリーという保守党党首が「保守党はreligious rightsを認めて、ユダヤ系教育委員会を設置する」と公約した結果、選挙に破れたのだった。つまり、オンタリオ州では(とりわけトロントでは)世論は、カソリック教育委員会の存在は歴史的な経緯があるとしても、それ以上に公的資金(税金)を使って宗教ベースの学校を設置するべきではない、という風潮に傾いていたのだった。
宗教ベースの学校といえば、昨年のある事件がまたまたカソリック系教育委員会に対する風当たりを強めている。その事件とは、昨年11月、オンタリオ州ハルトン地区のカソリック教育委員会がGay-straight alliancesというクラブ(ゲイとストレートの学生が会ってゲイライツについて話し合うカジュアルなクラブ)を禁止する決定を下した事件であり、大手メディアではこれを同性愛者に対する差別であるとして社会問題として捉えていた。結局、カソリック教育委員会は、「ゲイ」という言葉を使わず、かわりにequity clubとすることで何とか難を逃れたが、カソリック系の学校では性教育やゲイ・ライツについて話をするどころか、こうした話題をタブーにしている現実が明らかになって私などはこのまったくもって信じられないほどの時代錯誤に呆れている。
そもそも、カソリック教育委員会が設置されたのは、プロテスタントの多いアングロ・サクソン系人口にあってマイノリティとしてのカソリック系市民の権利を守るためだった。しかし、プロテスタントとカソリックという二大勢力対立の図は、現代のマルチカルチャー都市トロントではすでに崩壊している。それなのに、このカソリック教育委員会が今も居座ってゲイ差別を公に口にしているとは信じ難い事実である。ダーウィンの進化論を教えないアメリカの学校などより、カナダはずっとセキュラーな社会であると思うが、それでもまだカソリック的価値が社会のはっきりとは見えないところに存在してもいる。いずれはカソリック教育委員会も消えてなくなるだろうが、マイノリティの権利を大切にする風土が、それを難しくしているというのは、実際、奇妙な事実である。
Monday, August 29, 2011
レイトンとカナダ政治における社会民主的価値
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市役所前に設えられたメモリアル |
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トロント市役所前に集まったたくさんの市民 |
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ジャック・レイトンの国葬が予定されていた土曜日、市役所のコンクリートいっぱいに書かれた市民からのメッセージを前に、彼の生き方、そして死がどれほどカナダ国民の心を深く揺り動かしたかに気付いてハッとした。
私個人にとって、ジャック・レイトンは何よりも、「弱者の代弁者」だった。トロント市議会議員として、さらに連邦政治に活動拠点を移してからはNDP(新民主党)の党首として、彼の政治的功績には、女性に対する暴力に対する法整備、ゲイ・レズビアンの権利獲得、ホームレスや社会福祉をはじめ、社会的弱者に対する社会保障が数多く含まれている。
日本で派閥争いや地元主義でしか動けず、行動どころか論理的なスピーチすらできない無能な政治家ばかり見てきた私にとっては、ジャック・レイトンのような政治家は非常に新鮮だった。
ジャック・レイトンが死の数日前に書いたとされる、カナダ国民に向けた手紙は、揺るぎない彼の信念を語っていて、非常に感動的である。
“Remember our proud history of social justice, universal health care, public pensions and making sure no one is left behind. There are great challenges before you, from the overwhelming nature of climate change, to the unfairness of an economy that excludes so many from our collective wealth, and the changes necessary to build a more inclusive and generous Canada”.
“And finally, to all Canadians, Canada is a great country, one of the hopes of the world. We can be a better one-- a country of greater equality, justice, and opportunity. We can build a prosperous economy and a society that shares its benefits more fairly.”(最後に、すべてのカナダ国民へ。カナダはすばらしい国です。世界の希望のひとつといってもいいでしょう。私たちが望めば、今以上にすばらしい国にすることができます。より公平で、より正義に満ちた国、そしてより多くの可能性を秘めた国、社会的利益を国民のすべてが享受できる、ゆたかな経済と社会を作りあげることができるのです。)
ジャク・レイトンの手紙を読んで心を動かされるカナダ人の多くは、NDPサポーターでなくても、こうした価値をどこかに秘めているように私には思われる。実際、私の感じでは、このあたりがカナダを世界で最も成功したマルチカルチャー国家(多文化国家)にしているように思われる。というのも、マルチカルチャー国家として成功するためには、弱者にやさしい、寛容で、開かれた、社会正義がまかり通る社会でなくてはならないからだ。サーコージーやキャメロンが「マルチカルチャリズムは失敗だった」と言うのは、彼らの国がマルチカルチャー社会を実現するだけの基盤が整っていなかったことが原因なのだと私は思っている。
さて、市役所周辺にチョークで書かれたメッセージには、英語だけでなくスペイン語、アラビック、中国語、日本語もあった。タミル(スリランカ系)、中国系などさまざまなエスニック・コミュニティからのメッセージも掲げられていた。「弱者の代弁者」であったジャック・レイトンは、まさにマルチカルチャー国家になくてはならない政治家であった。
ジャック・レイトンの手紙には、Social Democratic(社会民主的)な価値 --社会正義、公平で開かれた社会、弱者にやさしい社会、寛容な社会、公平な富の分配、環境保護-- がちりばめられている。NDPの掲げる価値は、しかし、Social Democraticの伝統以外にも、カナダの政治史においては実は基盤として根強く残っているように思う。カナダ政治はイギリスの保守党的価値からはじまっているが、この保守党的価値には根強いNoblesse obligeという考え方が根付いている。これは、豊かな者は社会的弱者に対して保護を与える義務があるという、貴族的な考え方である。カナダの保守党(Conservative Party)も、歴史的にみるとRed Toryという政治的伝統があって、彼らは保守党に属しながらも弱者社会保障を掲げており、社会政策に関してはかなり自由党(Liberal Party)に近いと見られていた。
Thursday, August 18, 2011
Honour Killing(名誉の殺人)かDVか
以前、「女性蔑視とDV(ドメスティック・バイオレンス)」でも触れたが、今日はHonour Killingについて書いてみたい。この問題は、女性に対する暴力という問題のみならず、多文化主義においてホスト・コミュニティの価値観と対抗する伝統をどう受容するか、という非常に複雑で興味深い問題を内包している。
●事件
今年7月22日、21歳になるShaher Bano Shahdadyがトロントのスカーボロー地区で殺害されるという事件が起こった。警察は容疑者として夫のAbdul Malik Rustam (27)を逮捕したが、この事件がメディアの注目を集めたのは、honour killingの可能性が否定できないためだった。彼女は生まれて間もなく家族とともにパキスタンから移民してきており、13歳でパキスタンの学校に入り、18歳で従兄弟にあたるRustamと結婚。妊娠後、カナダに戻って心臓に障害のある子どもを出産したが、二人の関係は非常に悪化していた。
●honour killingかDVか
この事件をhonour killingと見るか、DV(ドメスティック・バイオレンス)と見るかによって、専門家の意見はわかれている。Tarek Fatah (Muslim Canadian Congress)によれば、Rustamは妻がブルカ(頭からすっぽり被るドレス)を着用しないこと、あるいはFacebookで他の男性と連絡をとっていたことなどに強く反対していたこと、彼女は離婚を願っていたことなどから、この殺人は明らかにHonour Killingであるという。一方、こうした殺害は部分的にはDVであるとする専門家もいる。トロントのバーブラ・シュリファー・コメモレティブ・クリニックのカウンセラーFarrah Khanは、DVは移民コミュニティ(とりわけ南アジア・コミュニティ)にだけ存在するのではないことを強調し、南アジア・コミュニティ内で起こる女性に対する殺害を簡単にhonour killingとすることを拒否している。
honour killing(名誉の殺人)とは、通常、家族の名誉に泥を塗ったという理由で、男性メンバーが家族や親族の女性メンバーを殺害することで、イスラム教圏では、これは例外的殺人にあたるため、殺人を犯した本人が罰せられることはほとんどない。家族の名誉を取り戻すために殺害を犯す必要があるという考えが背景にある。ただ、通常、家族や親類の女性に対して振るわれる暴力、いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス)との線引きは非常に難しく、HKが南アジア系コミュニティでしばしば見られることから、専門家やメディアはHKという名称を使うことでステレオタイプ、あるいは人種差別者というレッテルを貼られることを非常に気にしている。
カナダでは2002年以降、12件のhonour killingが報告(2010年時点)されており、移民人口の多いトロント周辺ではhonour killingらしき殺人が起こっている。たとえば、2008年、娘がブルカを着ないという理由で、父親と兄が協同して16歳のAqsa Parvezを殺した事件、あるいは、2009年にAmandeep Kaur Dhillonが義父によって殺される事件などが記憶に新しい。カナダの刑法であるCriminal Codeには、honour killingという言葉はなく、警察もこれらの事件をhonour killingであると特定することはない。
●ホスト文化の価値観と対立する文化を受容すべきか、という議論
honour killingは移民を多く受け入れている西洋諸国で見られる問題だが、こうした伝統は西洋的価値と矛盾することから、数々の議論が起こっている。一方では、7月22日にノルウェーで起こったアンネシュ・ブレイビクによるテロ事件にあらわれたように、移民の西洋的価値への絶対的適応を要請し、とりわけイスラム教的価値観を容認すべきではないとする見方がある。アメリカやフランスなどに比べると、今のところカナダでは何とかこうした異なる価値感を妥協しながら受け入れていこうとする動きが主流を占めていると思われる。ただし、どこまで受け入れるか、に関してはやはり議論が尽きないし、移民の文化がhonour killingといった犯罪に発展する場合は、より問題は複雑である。私が見たところ、カナダで政治家や知識人が最も恐れるのは、ステレオタイプや人種差別主義者とのレッテルを貼られることであるため、メディアや知識人のあいだでは移民の文化に関してはなるべく触れないでおこう、移民の文化に関してはそのコミュニティをよく知る専門家に意見を聞こうとする流れもある。
さて、honour killingに話を戻すと、南アジア系コミュニティをよく知るソーシャルワーカーのAruna Pappは、とりわけ南アジア圏から来る移民に対して、カナダに来た際にはカナダ社会においては女性の権利や女性の地位はどうとらえられているのか、といったことを学ぶプログラムを移民に提供すべきだと示唆している。興味深いのは、こうした提案に異議を唱えるのはたいていがリベラルな白人アカデミックであって、彼らは特定のコミュニティのレイシャル・プロファイリング(racial profiling、特定のコミュニティにステレオタイプのプロファイルを課すこと)の可能性に懸念を示している。確かに、特定のコミュニティに対してだけそうしたプログラムを提供すれば、他でもない、プロファイリングであるので、このあたりは非常に複雑な問題である。
ちょっと話は逸れるが、アメリカの保守的ニュース番組Fox Newsでは、キャスターやコメンテーター-すべて白人-がhonour killingを批判して、「こうした伝統はアメリカ社会では許容できない!」と感情むき出しになっていたりする。一方、南インド系コミュニティから専門家やイマームを呼んできてインタビューしているカナダのCBCとはまったく捉え方が違っていて唖然とする…。
実は、似たような問題として、宗教を学校に持ち込むこと、あるいはFGM(Female Genital Mutilation、赤ちゃんのときに女性器を切断する風習)なども同様に議論がなされているので、また項を改めて書きたいと思う。
●事件
今年7月22日、21歳になるShaher Bano Shahdadyがトロントのスカーボロー地区で殺害されるという事件が起こった。警察は容疑者として夫のAbdul Malik Rustam (27)を逮捕したが、この事件がメディアの注目を集めたのは、honour killingの可能性が否定できないためだった。彼女は生まれて間もなく家族とともにパキスタンから移民してきており、13歳でパキスタンの学校に入り、18歳で従兄弟にあたるRustamと結婚。妊娠後、カナダに戻って心臓に障害のある子どもを出産したが、二人の関係は非常に悪化していた。
●honour killingかDVか
この事件をhonour killingと見るか、DV(ドメスティック・バイオレンス)と見るかによって、専門家の意見はわかれている。Tarek Fatah (Muslim Canadian Congress)によれば、Rustamは妻がブルカ(頭からすっぽり被るドレス)を着用しないこと、あるいはFacebookで他の男性と連絡をとっていたことなどに強く反対していたこと、彼女は離婚を願っていたことなどから、この殺人は明らかにHonour Killingであるという。一方、こうした殺害は部分的にはDVであるとする専門家もいる。トロントのバーブラ・シュリファー・コメモレティブ・クリニックのカウンセラーFarrah Khanは、DVは移民コミュニティ(とりわけ南アジア・コミュニティ)にだけ存在するのではないことを強調し、南アジア・コミュニティ内で起こる女性に対する殺害を簡単にhonour killingとすることを拒否している。
honour killing(名誉の殺人)とは、通常、家族の名誉に泥を塗ったという理由で、男性メンバーが家族や親族の女性メンバーを殺害することで、イスラム教圏では、これは例外的殺人にあたるため、殺人を犯した本人が罰せられることはほとんどない。家族の名誉を取り戻すために殺害を犯す必要があるという考えが背景にある。ただ、通常、家族や親類の女性に対して振るわれる暴力、いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス)との線引きは非常に難しく、HKが南アジア系コミュニティでしばしば見られることから、専門家やメディアはHKという名称を使うことでステレオタイプ、あるいは人種差別者というレッテルを貼られることを非常に気にしている。
カナダでは2002年以降、12件のhonour killingが報告(2010年時点)されており、移民人口の多いトロント周辺ではhonour killingらしき殺人が起こっている。たとえば、2008年、娘がブルカを着ないという理由で、父親と兄が協同して16歳のAqsa Parvezを殺した事件、あるいは、2009年にAmandeep Kaur Dhillonが義父によって殺される事件などが記憶に新しい。カナダの刑法であるCriminal Codeには、honour killingという言葉はなく、警察もこれらの事件をhonour killingであると特定することはない。
●ホスト文化の価値観と対立する文化を受容すべきか、という議論
honour killingは移民を多く受け入れている西洋諸国で見られる問題だが、こうした伝統は西洋的価値と矛盾することから、数々の議論が起こっている。一方では、7月22日にノルウェーで起こったアンネシュ・ブレイビクによるテロ事件にあらわれたように、移民の西洋的価値への絶対的適応を要請し、とりわけイスラム教的価値観を容認すべきではないとする見方がある。アメリカやフランスなどに比べると、今のところカナダでは何とかこうした異なる価値感を妥協しながら受け入れていこうとする動きが主流を占めていると思われる。ただし、どこまで受け入れるか、に関してはやはり議論が尽きないし、移民の文化がhonour killingといった犯罪に発展する場合は、より問題は複雑である。私が見たところ、カナダで政治家や知識人が最も恐れるのは、ステレオタイプや人種差別主義者とのレッテルを貼られることであるため、メディアや知識人のあいだでは移民の文化に関してはなるべく触れないでおこう、移民の文化に関してはそのコミュニティをよく知る専門家に意見を聞こうとする流れもある。
さて、honour killingに話を戻すと、南アジア系コミュニティをよく知るソーシャルワーカーのAruna Pappは、とりわけ南アジア圏から来る移民に対して、カナダに来た際にはカナダ社会においては女性の権利や女性の地位はどうとらえられているのか、といったことを学ぶプログラムを移民に提供すべきだと示唆している。興味深いのは、こうした提案に異議を唱えるのはたいていがリベラルな白人アカデミックであって、彼らは特定のコミュニティのレイシャル・プロファイリング(racial profiling、特定のコミュニティにステレオタイプのプロファイルを課すこと)の可能性に懸念を示している。確かに、特定のコミュニティに対してだけそうしたプログラムを提供すれば、他でもない、プロファイリングであるので、このあたりは非常に複雑な問題である。
ちょっと話は逸れるが、アメリカの保守的ニュース番組Fox Newsでは、キャスターやコメンテーター-すべて白人-がhonour killingを批判して、「こうした伝統はアメリカ社会では許容できない!」と感情むき出しになっていたりする。一方、南インド系コミュニティから専門家やイマームを呼んできてインタビューしているカナダのCBCとはまったく捉え方が違っていて唖然とする…。
実は、似たような問題として、宗教を学校に持ち込むこと、あるいはFGM(Female Genital Mutilation、赤ちゃんのときに女性器を切断する風習)なども同様に議論がなされているので、また項を改めて書きたいと思う。
Monday, July 18, 2011
アメリカにおける社会秩序の推移(アメリカ国勢調査の結果)
アフリカ系アメリカ人家庭では、2人の親がいる家庭以上に、シングル・ペアレント(母子家庭が大半)家庭の数が多いという結果が、2010年国勢調査の結果、明らかになった。
「我々は、結婚している、あるいはヘテロ・セクシュアルな両親がノームであった1950年代とは違った社会へと移行していることは明らかである。とりわけ、非白人家庭の子どもたちにとってはその傾向が強い」(ローラ・スピア-Annie E. Casey FoundationのKids Countプロジェクト)
現在、アメリカの3歳以下の子どものうち、ノン・ヒスパニック系白人の占める割合はほぼ半分であり(2009年センサス)、これは同人口のうち60%以上が白人であった1990年と比べると大きな推移である。一方で、65歳以上の人口に占める白人の割合は80%、45~64歳人口では73%となっている。こうした推移は、今後のアメリカ社会における人種関係を大きく変えるファクターになると見られている。
「我々は、結婚している、あるいはヘテロ・セクシュアルな両親がノームであった1950年代とは違った社会へと移行していることは明らかである。とりわけ、非白人家庭の子どもたちにとってはその傾向が強い」(ローラ・スピア-Annie E. Casey FoundationのKids Countプロジェクト)
現在、アメリカの3歳以下の子どものうち、ノン・ヒスパニック系白人の占める割合はほぼ半分であり(2009年センサス)、これは同人口のうち60%以上が白人であった1990年と比べると大きな推移である。一方で、65歳以上の人口に占める白人の割合は80%、45~64歳人口では73%となっている。こうした推移は、今後のアメリカ社会における人種関係を大きく変えるファクターになると見られている。
Saturday, July 2, 2011
プライド・パレードに来ない市長

ロブ・フォードはプライド・パレードには来ないようだ。やっぱりね。
北米でも有数のプライド・ウィークが行われるトロントでは、毎年6月のプライド・パレードに市長が参加するのが恒例であるが、フォードはコテッジで家族と過ごす方を選んだ(って、それは言い訳でしょ)。
あれだけメディアで叩かれ、知名度の高いゲイ・ライツ・アクティビストやゲイの子どもを持つ親たち、市議会議員たちが懇願したのに、フォードはLGTB (lesbian, gay, transsexual or bisexual)コミュニティ最大のお祝いに市長として賛同の意を示すことを拒み、市長としての役割より自らのホモフォビア的価値を優先させた。
市長選前にはアンチ・ゲイ発言をしていたし、数年前にはアンチ・アジア系発言もしている。トロント市の最も大切としている価値はDiversityだと、トロント市は公式に発表している。フォードのようなホモフォーブがDiversityを代表する都市の市長だなんて、ほんと、どうしても理解できない(プリプリ)。
Friday, February 11, 2011
Multiculturalism has failed: Sarkozy-Globe and Mail, Feb. 11, 2011
「マルチカルチャリズムは失敗」
フランスのサーコージー大統領は木曜日、マルチカルチュラリズム(多文化主義)は失敗したと宣言し、近年増え続ける多文化主義を批判する世界の指導者たちに同調した。
サーコージーはWe have been too concerned about the identity of the person who was arriving and not enough about the identity of the country that was receiving him(移民の文化的アイデンティティばかり気にしすぎて、それを受け入れる国のアイデンティティへの配慮を欠いている)と言い、多文化主義というコンセプトが「失敗」だとした。
つい先月、イギリスのキャメロン首相がイギリスの多文化主義は失敗だと宣言したばかり。AFP
フランスのサーコージー大統領は木曜日、マルチカルチュラリズム(多文化主義)は失敗したと宣言し、近年増え続ける多文化主義を批判する世界の指導者たちに同調した。
サーコージーはWe have been too concerned about the identity of the person who was arriving and not enough about the identity of the country that was receiving him(移民の文化的アイデンティティばかり気にしすぎて、それを受け入れる国のアイデンティティへの配慮を欠いている)と言い、多文化主義というコンセプトが「失敗」だとした。
つい先月、イギリスのキャメロン首相がイギリスの多文化主義は失敗だと宣言したばかり。AFP
Tuesday, January 25, 2011
Reasonable Accommodation-多文化主義とマイノリティの権利
先日、ケベック州National Assemblyで女性がニハブ(ヘッドドレス)を着る宗教的権利についての公聴会に招かれたWorld Sikh Organization of Canada(シーク教徒の世界的組織。彼らはカナダ支部のメンバーでカナダ人)のメンバーが身につけているカーパン(シーク教徒が片時も離さず身につけている小さなナイフ:正義のために戦うことの象徴的意味が含まれる)がセキュリティに抵触するとしてAssembly参加を拒否され、国内で大きな問題になった。
皮肉にも、ケベック州議会の公聴会に招かれていたシーク教徒たちは、宗教的マイノリティの権利をどこまで認めるかを話し合うために招待されていた。そこで、彼らの宗教的権利が拒絶されたことは皮肉としか言いようがない。
この問題は、Reasonable Accommodationの範疇に入り、カナダをはじめ多文化主義社会ではしばしば物議をかもす話題である。
多文化社会であるカナダでは、憲法の一部であるCanadian Charter of Rights and Freedoms(人権憲章)で、さまざまなマイノリティに対する差別の禁止とともに、Accommodation(これ、日本語にするのが難しい言葉のひとつなのだけれど、社会的に受容するという意味合いがある。「許容する」ではなくて、マイノリティにとって快適でなるように社会のルールを変えるという意味合いにとらえられる)を求めている。
このAccommodationはそのことによって被る影響の方がネガティブでない限りにおいて、必ず受容されなくてはならない(Undue hardshipと呼ばれる)。ということで、まずはAccommodationが憲法で保障されているという点を強調しておきたい。
これまでの例をあげてみると、2006年には、これもケベック州だったが、シーク教徒の学生が学校にカーパンを持ってくる権利を認めるかどうかというので議論になったことがある。結局、この件は最高裁判所まで行き、最終的には学生の権利を最大限考慮する判決となった。この問題がカナダをにぎわしていたころ、確かフランスでは学校に宗教的オーナメントを持ってくることを禁止する法律が制定されたのだった。私は新聞を読みながら、マイノリティ宗教に対して大陸とカナダでの対応の違いに驚いた記憶がある。
Reasonable accommodationという言葉は、多文化主義を語るための非常に重要なキーワードである。マイノリティの権利をどこまで受容するのか。この問題は多文化社会では繰り返し形を変えて現れるのだけれど、カナダで最も深い印象を残したケースといえば、RCMP(The Royal Canadian Mounted Police カナダ国家警察、Mountieとも呼ばれる)メンバーにターバン着用を認めるかどうか、の議論だったと思う。シーク教徒のバルテジ・シン・ディロンBaltej Singh DhilionがRCMPへの就職を許可されたとき、ターバン着用は認められていなかった。赤い制服、そして茶色の帽子はMountieのシンボルだった。帽子を着用するためにはターバンを外さなくてはならない。しかし、シーク教徒としてターバンを外すことはできない。シン・ディロンはこのケースを公の場に持っていった。
カナダ人の意見はまっぷたつに割れた。ここはカナダなのだから、カナダのルールに従うべき。いや、Mountieの価値は制服にあるのではなく、国を守る気持ちがあるかどうかにかかっている。一部にはアンチ・シーク、アンチ移民の動きすら顕著にあらわれた。
結局、1990年、8ヶ月の議論の末、カナダ国会はRCMPの服装ルールに変更を加え、ターバン着用を許可する。
シン・ディロンはこのケースを公にすることでカナダの多文化主義の意味を問いただしたともいえる。ほぼ20年前の1971年にはカナダは多文化主義を国家の政策として発表し、移民を同化するという今までのAssimilationとは異なる、それぞれの国民の文化的ヘリテージをカナダのために役立てるという、まったく新しいMosaicのコンセプトを打ち出した。それ以降、Reasonable Accommodationはカナダの多文化主義を完成させるために必要不可欠なプロセスとなった。
こうして書いていて思うのだが、カナダの多文化主義はこうしてマイノリティが自分たちの権利を主張することがきっかけとなり、国家的議論が巻き起こることで強化されていく。「多文化主義」が単なる「目標」ではなく、私たち市民の毎日の生活に直接触れるような「生活のあり方」に変わっていく。こうした議論をいくつもいくつも経ることで、カナダ国民はマルチカルチュラリズムの難しさを体得しながらも、カナダ人のアイデンティティを自ら打ちたてているのだと思う。
皮肉にも、ケベック州議会の公聴会に招かれていたシーク教徒たちは、宗教的マイノリティの権利をどこまで認めるかを話し合うために招待されていた。そこで、彼らの宗教的権利が拒絶されたことは皮肉としか言いようがない。
この問題は、Reasonable Accommodationの範疇に入り、カナダをはじめ多文化主義社会ではしばしば物議をかもす話題である。
多文化社会であるカナダでは、憲法の一部であるCanadian Charter of Rights and Freedoms(人権憲章)で、さまざまなマイノリティに対する差別の禁止とともに、Accommodation(これ、日本語にするのが難しい言葉のひとつなのだけれど、社会的に受容するという意味合いがある。「許容する」ではなくて、マイノリティにとって快適でなるように社会のルールを変えるという意味合いにとらえられる)を求めている。
このAccommodationはそのことによって被る影響の方がネガティブでない限りにおいて、必ず受容されなくてはならない(Undue hardshipと呼ばれる)。ということで、まずはAccommodationが憲法で保障されているという点を強調しておきたい。
これまでの例をあげてみると、2006年には、これもケベック州だったが、シーク教徒の学生が学校にカーパンを持ってくる権利を認めるかどうかというので議論になったことがある。結局、この件は最高裁判所まで行き、最終的には学生の権利を最大限考慮する判決となった。この問題がカナダをにぎわしていたころ、確かフランスでは学校に宗教的オーナメントを持ってくることを禁止する法律が制定されたのだった。私は新聞を読みながら、マイノリティ宗教に対して大陸とカナダでの対応の違いに驚いた記憶がある。
Reasonable accommodationという言葉は、多文化主義を語るための非常に重要なキーワードである。マイノリティの権利をどこまで受容するのか。この問題は多文化社会では繰り返し形を変えて現れるのだけれど、カナダで最も深い印象を残したケースといえば、RCMP(The Royal Canadian Mounted Police カナダ国家警察、Mountieとも呼ばれる)メンバーにターバン着用を認めるかどうか、の議論だったと思う。シーク教徒のバルテジ・シン・ディロンBaltej Singh DhilionがRCMPへの就職を許可されたとき、ターバン着用は認められていなかった。赤い制服、そして茶色の帽子はMountieのシンボルだった。帽子を着用するためにはターバンを外さなくてはならない。しかし、シーク教徒としてターバンを外すことはできない。シン・ディロンはこのケースを公の場に持っていった。
カナダ人の意見はまっぷたつに割れた。ここはカナダなのだから、カナダのルールに従うべき。いや、Mountieの価値は制服にあるのではなく、国を守る気持ちがあるかどうかにかかっている。一部にはアンチ・シーク、アンチ移民の動きすら顕著にあらわれた。
結局、1990年、8ヶ月の議論の末、カナダ国会はRCMPの服装ルールに変更を加え、ターバン着用を許可する。
シン・ディロンはこのケースを公にすることでカナダの多文化主義の意味を問いただしたともいえる。ほぼ20年前の1971年にはカナダは多文化主義を国家の政策として発表し、移民を同化するという今までのAssimilationとは異なる、それぞれの国民の文化的ヘリテージをカナダのために役立てるという、まったく新しいMosaicのコンセプトを打ち出した。それ以降、Reasonable Accommodationはカナダの多文化主義を完成させるために必要不可欠なプロセスとなった。
こうして書いていて思うのだが、カナダの多文化主義はこうしてマイノリティが自分たちの権利を主張することがきっかけとなり、国家的議論が巻き起こることで強化されていく。「多文化主義」が単なる「目標」ではなく、私たち市民の毎日の生活に直接触れるような「生活のあり方」に変わっていく。こうした議論をいくつもいくつも経ることで、カナダ国民はマルチカルチュラリズムの難しさを体得しながらも、カナダ人のアイデンティティを自ら打ちたてているのだと思う。
トロントとホロコースト生存者
Toronto StarのGreater Torontoセクション(January 24)で、Open Windowというベーカリーが廃業に追い込まれたという記事を読んだ。
以前住んでいたSt. Clair×Bathurstあたりには、Open Windowベーカリーが1軒あって、どっしりしたパンが好きな私はそこでライブレッドをたまに買っていた(クロワッサンやバゲットはあまりおいしいとは思わなかったけどね・・・)。Open Windowとの名の通り、このベーカリーはパンづくりをしているベーカーがガラス越しに見え、他のベーカリーと比べてかなりヨーロッパ的(あるいはユダヤ系)な雰囲気が漂っていた。スタッフも親切な人が多かったし、そこのバクラバやハルバが私は大好きだった。
記事を読んで知ったのだが、Open Windowベーカリーの創始者は、わずか7ドルを持ってカナダに渡ってきたホロコースト生存者のMax Feigで、1957年の設立以後、どんどんチェーンを増やし、1980年代の最盛期には日本にも冷凍ベーグルを輸出していたとか。最近のリセッションの影響、小麦粉や砂糖、オイルなどの日常品の価格急騰などに押されて、ビジネスを畳むこととなったらしい。
Open Windowベーカリーの創立者Max Feigは現在、アルツハイマーが進行し、自ら興したビジネスが廃業に追い込まれた事実は認識できてないという。
多文化都市トロントには、各エスニックでシニア用施設が多く存在しているが、ユダヤ系のためのBaycrest はケアの面でも研究の面でもカナダで最高の高齢者施設とされている。私は以前、このBaycrestで撮られたドキュメンタリーをCBCで見たことがあって、そのときの衝撃はいまでも覚えている。
ホロコースト生存者の入居者はアルツハイマーを患うと、若いころに経験した悲惨な体験に根付いた行動に出ることが多いらしい。たとえば、ある入居者は、何度も何度も食事をこっそりとベッドの下や棚のなかに隠して、「そんなことをしなくてもいいのよ」と言われると、「いつ食べ物がなくなるかわからないし、いつ連行されるかわからない」と口癖に言っていたというし、看護婦がはいていた木靴(サボ)の音を聞くたびに強制収容所のドイツ人看守の思い出が蘇ってきてパニックになる入居者もいる。
また、アルツハイマーにかかった高齢者のなかには、成人して学んだ言語(トロントの場合は英語)をすっかり忘れても、小さいときに話していた母語だけははっきり覚えているという人が多いと聞く。そのため、Baycrestにイーディッシュ語を話す専門家やナースがいるように、移民都市トロントのエスニック用高齢者施設では特定の言語が話せるスタッフを抱えていることがカギになってくる。
ちょっと古いデータだけれど、2001年の統計調査によれば、カナダのホロコースト生存者2万3660人のうち、1万2815人がトロントエリアに住んでいるという。この数は、カナダ全国のホロコースト生存者の54.2%にあたる(ちなみに、1997年8月時点での世界の推定ホロコースト生存者数は834,000 から960,000 人)。
戦後、ヨーロッパに留まることを選んだ生存者はほとんどいなかったため、ヨーロッパではホロコースト生存者が世界に存在すると聞いて驚く人もいるという。しかし、トロント周辺ではこうして何らかの機会にホロコースト生存者の話がメディアに浮上することが時折ある。また、新聞のObituary欄にもときどき「ホロコースト生存者」という文字が出てきたりする。
なんだかベーカリー廃業の記事とはまったく関係のない話題になってしまったが、ホロコースト生存者の話がこうして何気なく出てくるところはトロントならではなのだろうね、と思ったのであった。
以前住んでいたSt. Clair×Bathurstあたりには、Open Windowベーカリーが1軒あって、どっしりしたパンが好きな私はそこでライブレッドをたまに買っていた(クロワッサンやバゲットはあまりおいしいとは思わなかったけどね・・・)。Open Windowとの名の通り、このベーカリーはパンづくりをしているベーカーがガラス越しに見え、他のベーカリーと比べてかなりヨーロッパ的(あるいはユダヤ系)な雰囲気が漂っていた。スタッフも親切な人が多かったし、そこのバクラバやハルバが私は大好きだった。
記事を読んで知ったのだが、Open Windowベーカリーの創始者は、わずか7ドルを持ってカナダに渡ってきたホロコースト生存者のMax Feigで、1957年の設立以後、どんどんチェーンを増やし、1980年代の最盛期には日本にも冷凍ベーグルを輸出していたとか。最近のリセッションの影響、小麦粉や砂糖、オイルなどの日常品の価格急騰などに押されて、ビジネスを畳むこととなったらしい。
Open Windowベーカリーの創立者Max Feigは現在、アルツハイマーが進行し、自ら興したビジネスが廃業に追い込まれた事実は認識できてないという。
多文化都市トロントには、各エスニックでシニア用施設が多く存在しているが、ユダヤ系のためのBaycrest はケアの面でも研究の面でもカナダで最高の高齢者施設とされている。私は以前、このBaycrestで撮られたドキュメンタリーをCBCで見たことがあって、そのときの衝撃はいまでも覚えている。
ホロコースト生存者の入居者はアルツハイマーを患うと、若いころに経験した悲惨な体験に根付いた行動に出ることが多いらしい。たとえば、ある入居者は、何度も何度も食事をこっそりとベッドの下や棚のなかに隠して、「そんなことをしなくてもいいのよ」と言われると、「いつ食べ物がなくなるかわからないし、いつ連行されるかわからない」と口癖に言っていたというし、看護婦がはいていた木靴(サボ)の音を聞くたびに強制収容所のドイツ人看守の思い出が蘇ってきてパニックになる入居者もいる。
また、アルツハイマーにかかった高齢者のなかには、成人して学んだ言語(トロントの場合は英語)をすっかり忘れても、小さいときに話していた母語だけははっきり覚えているという人が多いと聞く。そのため、Baycrestにイーディッシュ語を話す専門家やナースがいるように、移民都市トロントのエスニック用高齢者施設では特定の言語が話せるスタッフを抱えていることがカギになってくる。
ちょっと古いデータだけれど、2001年の統計調査によれば、カナダのホロコースト生存者2万3660人のうち、1万2815人がトロントエリアに住んでいるという。この数は、カナダ全国のホロコースト生存者の54.2%にあたる(ちなみに、1997年8月時点での世界の推定ホロコースト生存者数は834,000 から960,000 人)。
戦後、ヨーロッパに留まることを選んだ生存者はほとんどいなかったため、ヨーロッパではホロコースト生存者が世界に存在すると聞いて驚く人もいるという。しかし、トロント周辺ではこうして何らかの機会にホロコースト生存者の話がメディアに浮上することが時折ある。また、新聞のObituary欄にもときどき「ホロコースト生存者」という文字が出てきたりする。
なんだかベーカリー廃業の記事とはまったく関係のない話題になってしまったが、ホロコースト生存者の話がこうして何気なく出てくるところはトロントならではなのだろうね、と思ったのであった。
Thursday, January 6, 2011
起業で成功する移民
2002年に『移民のまちで暮らす』(社会評論社刊)を上梓したとき、私のなかにはもうひとつ、本のアイデアが芽生えていた。拙著『移民のまちで暮らす』は、世界中の文化を体現したような、さまざまな人たちが暮らすマルチカルチャー都市トロントで、マルチカルチャーの可能性を日本人の移民である私の経験をもとに考察したものだが、結論的にはマルチカルチャーは民主主義社会の基盤を強くし、数多くのベネフィットを社会に還元するという結論に落ち着いた。そのベネフィットのひとつとして、私は「新しいアイデアの創出」をあげた。そして、新しい本のアイデアは、このあたりをもっと深く掘り下げてみることだったが、私の人生はあっちへまわり、こっちへ帰りで、結局いまだその本を書く状況には至っていない・・・。
さて、生涯を通して「ビジネス」とはまったく無縁な生活を送っている私だが、昨今のビジネスに必要な要素とはInnovation, Invention, research and developmentであって、基本をおさえた上でいかに新しいニーズを探り出すかに、ビジネス・センスはのよしあしがかかっている、という点だけは、新聞など読む限り理解している。そのうえで必要な「新しいアイデアの創出」は、日本でよく言われるように従来の考え方ややり方に「風穴をあける」ということ。これは、考え方におけるクリエイティビティ、柔軟性、発想のゆたかさ、などがあげられ、他の国民に比べ、日本人はとりわけこの側面で弱いとされている(し、日本の外から見ていると実にそう感じられる)。
従来の考えかたややり方とは違った見方ができるのは、ある意味でアウトサイダーの強みであるといえる。そういう意味で、多くの文化的背景をもつ人たちが集まるマルチカルチャー都市では、「新しいアイデアの創出」というより、移民が自分たちの文化を新しい視線でビジネスに持ち込むことは、そのままInventionとなる。
さて、Globe紙のBusiness Sectionに(Jan. 5, 2011)それをそのまま体現したような記事が載っていたのでご紹介したい。
南インドでは、ダウンタウンで働くビジネスマンにお昼のランチを届けるサービスがある。家で奥さんが作ったランチ(お弁当)をあったかいうちに会社で働く夫に届けてもらえるサービスで、私も以前、ランチバッグをたくさん載せた車をワーラーが引っ張っている写真を見て、非常に興味深いビジネスがあるものだ、と思ったことがある。さて、トロントで働いていたインド出身の女性が、出身国では当然になされていたこのサービスのニーズに目をつけて、トロントでランチ配達ビジネスを始め、これがかなりうまくいっているらしい。彼女も驚いたことに、サービスを利用する人たちの多くは、ITや弁護士、金融関係の仕事に従事する若い白人男性で、すばやく済ませることのできる、ヘルシーなランチを求めている人たちがクライアントらしい。
記事では、このようにForeign concept(新しいコンセプト)を持ち込んでカナダで成功している例のひとつとして、プライベート・チュータリングのサービスを導入したKumon(公文)を挙げていたが、この他にも移民が、とりわけフード産業で海外文化のコンセプトを持ち込んで、健康ブームなどに乗っかって成功しているビジネスを私もいくつか知っている。
日本の経済低迷を解消するためにはいくつもの方法があると思うが、移民政策をよりオープンにすることも、そのひとつだろうと思う。外から見ているとグローバル経済の波にうまく乗っかってない日本だが、このまま孤立したまま、いったいどこへ行くのだろうか、わが母国は・・・。
Globe紙の記事Foreign concepts, Canadian profits(いつもながら冴えてるわね、コピーが)
http://www.theglobeandmail.com/report-on-business/your-business/
さて、生涯を通して「ビジネス」とはまったく無縁な生活を送っている私だが、昨今のビジネスに必要な要素とはInnovation, Invention, research and developmentであって、基本をおさえた上でいかに新しいニーズを探り出すかに、ビジネス・センスはのよしあしがかかっている、という点だけは、新聞など読む限り理解している。そのうえで必要な「新しいアイデアの創出」は、日本でよく言われるように従来の考え方ややり方に「風穴をあける」ということ。これは、考え方におけるクリエイティビティ、柔軟性、発想のゆたかさ、などがあげられ、他の国民に比べ、日本人はとりわけこの側面で弱いとされている(し、日本の外から見ていると実にそう感じられる)。
従来の考えかたややり方とは違った見方ができるのは、ある意味でアウトサイダーの強みであるといえる。そういう意味で、多くの文化的背景をもつ人たちが集まるマルチカルチャー都市では、「新しいアイデアの創出」というより、移民が自分たちの文化を新しい視線でビジネスに持ち込むことは、そのままInventionとなる。
さて、Globe紙のBusiness Sectionに(Jan. 5, 2011)それをそのまま体現したような記事が載っていたのでご紹介したい。
南インドでは、ダウンタウンで働くビジネスマンにお昼のランチを届けるサービスがある。家で奥さんが作ったランチ(お弁当)をあったかいうちに会社で働く夫に届けてもらえるサービスで、私も以前、ランチバッグをたくさん載せた車をワーラーが引っ張っている写真を見て、非常に興味深いビジネスがあるものだ、と思ったことがある。さて、トロントで働いていたインド出身の女性が、出身国では当然になされていたこのサービスのニーズに目をつけて、トロントでランチ配達ビジネスを始め、これがかなりうまくいっているらしい。彼女も驚いたことに、サービスを利用する人たちの多くは、ITや弁護士、金融関係の仕事に従事する若い白人男性で、すばやく済ませることのできる、ヘルシーなランチを求めている人たちがクライアントらしい。
記事では、このようにForeign concept(新しいコンセプト)を持ち込んでカナダで成功している例のひとつとして、プライベート・チュータリングのサービスを導入したKumon(公文)を挙げていたが、この他にも移民が、とりわけフード産業で海外文化のコンセプトを持ち込んで、健康ブームなどに乗っかって成功しているビジネスを私もいくつか知っている。
日本の経済低迷を解消するためにはいくつもの方法があると思うが、移民政策をよりオープンにすることも、そのひとつだろうと思う。外から見ているとグローバル経済の波にうまく乗っかってない日本だが、このまま孤立したまま、いったいどこへ行くのだろうか、わが母国は・・・。
Globe紙の記事Foreign concepts, Canadian profits(いつもながら冴えてるわね、コピーが)
http://www.theglobeandmail.com/report-on-business/your-business/
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