Saturday, March 24, 2012

カルチャーショック日本

京都に引っ越してきた。13年ぶりの京都は見慣れている風景に、へんてこなものや奇妙なものがたくさん詰まった町に感じられる。最近思うところをいくつか書き出してみよう。

  • 観光客が減った? 
   先日も近所の岡崎あたりを散策していて思ったのだが、「圧倒的に観光客が減っている」。私が学生だったころは、もっともっとたくさんの外国人観光客がいて、八坂神社や清水などに行くと英語やドイツ語があっちこっちから聞こえていたものだ。しかし、ところが、もう少し時間が経つと、観光客そのものが「圧倒的に」減ったのではなくて、観光客の内訳が変わっているのだということに気付いた。京都以外の日本の団体旅行客だと思っていたら、実は中国語をしゃべっていて、見かけは日本人と区別はつかないアジア(中国)からの観光客だった(これはカナダでも同じで、近年、中国からの観光客が世界中で増えている)。でも、確かにヨーロッパや北米からの白人観光客は減っている。これって原発事故の影響なんじゃないかしらね。

  • 自転車の勢いのすごさ
   まあ、自転車勢のすごいことといったら! 京都は学生のまちだから自転車を使う人口が多いのかもしれないが、そのアグレッシブさは半端じゃない。学生はもちろん、おばちゃんたちやおじいちゃんだって負けちゃいない。後ろから、「キーッ!!」というブレーキの音とともにすごい勢いで迫ってくる。狭いところをここぞとばかりにやってくるし、車にも大接近するし、歩いている4歳児エリックも、私も、何度か轢かれそうになっている。友人によれば、自転車に轢かれて死んだ人もいるとか。気をつけなくっちゃ。

  • 官公庁が古い。
   京都府庁と京都市役所に行ったときに、その風貌の古さに度肝を抜かれた。カナダでの最新鋭の情報テクノロジーとピカピカのキュービクル・オフィス、オンライン化に慣れていた私にとっては、すべてが「古い=旧時代的」に映った。ミシミシと音を立てる木の床(フローリングといえるのか?)、コンピュータ以外は古めかしいオフィス機器、ねずみ色の事務用ロッカーや机、椅子・・・。職員の腕に巻かれた事務用腕カバー(というのかね?)に「キャー!」っと思い、向こうからやってきた職員が私の前に「ギギギー!」という椅子の音を立てて座り、「はい、何でしょうか?」と言ったときの、その人のタバコ臭までが、すべてカルチャー・ショックだった。

    それに何もかもがまだ紙上でやられている。何とか届けや何とか交付書など、いちいちこちらが書面で「申込書」を書かなければならない(それに印鑑がいるし)。カナダだったら、こんなことはオンライン上で簡単にできる。それで思い出したが、トロント市の各オフィスでは「無駄を出さない(efficiency)」ことを非常に重要なことと考えていて、できるだけ不必要な紙を出さないことをインターンをしていた私も強く言われた。「オンラインで情報があるんだったら、わざわざ紙に印刷して配る必要はないでしょ」というのが、市の言い分だった。トロント大学の政治学者Janis Stainがずいぶん前に主張していたように、北米ではEfficiency(効率性)という価値がいろんな組織で幅をきかすようになっているが、オンライン化もその現れのひとつと見える。さて、一方、日本の市役所や府庁のオフィスを見ると、山のように紙の書類が詰まれていたり、ねずみ色のロッカーにファイルでまとめられていて、あれをどこかで一括的にデータ処理するのは無理なんだろうな、と余計なお世話的なことを思ったり・・・。
  • オンライン化が思ったほど進んでない
    それと関連して、日本ではオンライン化が思ったほど進んでいないこともある。たとえば、カナダでは銀行に預けたお金を他の口座に移したり、払ったりすることがオンライン上で簡単にできるオンライン・バンキングが普通だが、日本ではやっとこのサービスが始まったばかりのような印象を受けた。しかし、このオンライン・バンキングを利用するために、まず紙上で申込書を書いて郵送する必要があったのには笑ってしまった。

    このほかにも先ほど述べたように官公庁で書面という形式がいまだにひろく使われていることもそうだが、情報はおもに紙ベースだし、ほかにも公共図書館に自由に使えるコンピュータが置かれていない、WiFiが使える公共の場所が少ない、などインターネットが北米ほど普及していない印象を覚える。それはひょっとするとコンピュータ・リテラシーの低さと関係があるのかもしれない。

  • 禁煙化がちょっぴり進んだ?
    昨日、ふと近所を散歩していた途中、ふらっと「みやこメッセ」に立ち寄った。建物自体は非常に使いやすく、オープンスペースがたくさんあって好印象を覚えたが、小さな池のある中庭のようなスペースでスーツを着たたくさんの人がタバコを吸っていた。もちろん館内はすべて禁煙なのだが、こういう場所にも近くに喫煙スペースを設けていて、困ったことにその煙が館内にもくもくと流れてきている。日本は喫煙者の多い社会なのだと改めて実感。

    喫茶店に入っても案外と喫煙できる喫茶店も多い。お店の半分を喫煙にして、半分のスペースを禁煙にしているところもあるのだけれど、これってタバコ臭アレルギーの私にはどんな意味があるんだろうと思われる。

    でも、徐々にではあるけれど日本社会も禁煙化が進んでいるように思われる。新幹線のぞみに乗ったら、「全車禁煙ですので・・・」と車内放送が流れていて、禁煙車に乗ったものの扉が開く度に煙が流れてきていた2年前に比べればかなりましにはなっているんじゃないかしら。
  • 連帯責任を強制される社会
    アパートを借りるのに、連帯保証人が必要、というのには困ってしまった。家族はいないわけではないけれど、40過ぎて親や妹家族にお願いして「家賃が払えなかった場合」を想定し、印鑑や印鑑証明を頼むというのが、どうしても腑に落ちない。ティーネイジャーや学生の身であれば「保証人」が必要になるのは理解できるが、それ以外の人に「連帯保証人」を立てさせるというのは、それって昔の「五人組」の考え方が根付いているからなのかと思ってしまう。五人組って、あの、連帯責任を課す制度で、1家族が年貢をおさめられなかったら、のこり4人の家族が何とかする、という「集団の論理」に根ざしたあくどい制度ではなかったっけ。こうして関係ない他人を個人の生活に巻き込む制度は、「個」が何より主体と考えるカナダでは考えられない、とこれもカルチャーショック。
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こんなことを毎日感じていると、ふと、私自身がもう日本からかなり遠ざかっているのだ、ということに改めて気付く。昨日もスーパーで、買い物客のおばちゃんが紙についている洗剤サンプルのにおいをかいでいるのをマジマジと見ながら、「ふーん、こうやってにおいのサンプルを嗅ぐのね」と心に留めたり・・・。つまり、海外から日本に来た人が感じるであろうことを、12年海外で暮らした私も感じているのだろう。半分日本人で、半分は非日本人の感じ。そして、今しか持てないこの絶妙な距離感を、自分でもとってもおもしろいと思う。いずれ私の感覚も日本人のそれと変わらなくなるだろうから、しばらくはこの距離感をしっかり味わっておこうっと。

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